
今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください
自分自身としても、「今年どうありたいか」「何を手放して、何を続けるのか」をあらためて言葉にした週でした。毎年同じことを考えているようでいて、状況は少しずつ変わっている。その変化を確認するような感覚もあります。
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年末年始という区切りの中で、今週のちえラジChatでは「振り返り」と「これから」を行き来するような話が多くなりました。来年の活動の見通し、今年作ってきたもの、SBCast.やオープンマイクを通して見えてきた地域の姿、そして新年の抱負とゲームの話。どれもバラバラに見えて、実は自分の中では一本の線でつながっている話題だったように思います。今回は、その一週間を自分なりの視点で振り返ってみたいと思います。
月曜日は、2026年の大まかな予定について話しました。
普代村での活動が本格化し、月の半分ほどを向こうで過ごす生活になる見込みです。第一金曜日に移動して、第四月曜あたりに戻るというリズムを想定していますが、実際には調整が必要になるだろうなとも感じています。
横浜での活動と普代村での活動、そのバランスは正直簡単ではありません。ただ、どちらも自分一人に負担が集中しない形にしていきたい、という思いは強くあります。SBCast.やSBC.オープンマイク、コミュニティ訪問や講座など、やることは多いですが、少しずつ人に任せられる部分を増やしたいと考えています。
特に印象に残っているのは「自分が必要とされなくなる体制を作りたい」という話です。自分がいなくても回る、同じようなことができる人が複数いる状態。それは横浜でも普代でも、今いちばん足りていない部分だと感じています。偶然に頼らず、学ぶ仕組みを作る必要がある。その準備を来年は進めたい、そんな話をしました。
火曜日は、今年自分が作ったツールを振り返りました。
2025年を振り返ると、普代村と横浜のどちらでも同じように活動できるよう、多くのツールを自作してきました 。Chromebookでも動くBGM設定ツール「PPSG」や、PDFを画像化する「pdf2imageweb」など、自分の作業を効率化するための開発に注力した一年でした 。
面白いことに、これらのプログラムの多くはAIを活用して書いています。私はプロのプログラマーではありませんが、AIに具体的な指示を出すことで、自分が欲しい道具を素早く形にできる時代になったことを実感しています。GitHubに詳細な設計図(README)を書き、それをAIに実装してもらう手法は、私にとって非常に強力な武器となりました。
私が大切にしている考え方に「ソフトウェアの新陳代謝」があります。どんなに優れたソフトも、時代の変化やOSの進化に合わせてアップデートされなければ、使いにくくなってしまいます。今の時代に即していない古い仕組みを、AIの力を借りて現代風にリファインしていく。そんな活動をこれからも続けていきたいと考えています。
開発したツールが自分自身の作業を楽にするだけでなく、今後は他の皆さんにも使っていただけるような形に整えていきたいです。SIDE BEACH CITY.(SBC.)の活動を支えるマップツールやコンテンツビューアーなど、作りたいもののアイデアは尽きません。
水曜日は、年内最後のSBC.Web配信回として、SBCast.とSBC.オープンマイクを振り返りました。
多様なゲストをお招きしてお話を伺う中で、地域のありようや課題がより鮮明に見えてきたと感じています。特に「オンラインの活用」「個人の好きを大事にする」「孤立をなくす」という三つのテーマが共通していたのは大きな発見でした。
ITコミュニティの回では「好きを追求し共に学ぶ」という個人の情熱が原動力となっていましたが、地域コミュニティの回では「一人にさせず共に生きる」という社会的な要請が中心にありました。この二つは出発点は異なりますが、より良い未来を目指すという点では同じ方向を向いています。
NotebookLMが提示してくれた「新しい楽器で音楽を奏でる音楽家」と「全員が心地よく暮らせる合唱団を作る指揮者」という例えは、まさにこの違いを秀逸に言い表していると感じ、私自身も深く納得しました。異なる分野の知恵を「越境」させ、自分の活動に応用できるヒントを提示することこそ、この番組の役割だと改めて確信しています。
来年は、最近注目している「ゲーム系コミュニティ」による街おこし事例など、さらに新しい分野にも踏み込んでいく予定です。皆さんの活動のヒントになるような対話を、これからも丁寧に積み重ねていきたいと思います。
木曜日は、今年の目標について話しました。
今年の目標も、根底にある思いは変わりません。「自分が不在でも回る場所作り」を完遂することです。私はこれまで「自分の欲しい場所がないから作る」というスタンスで動いてきましたが、そろそろ場を作る側から、その場を楽しむ側へと回りたいという本音もあります。
自分が中核として関わり続けるのではなく、たまにお手伝いをする程度の「あったら嬉しい存在」になること。それが、私が関わっているコミュニティが健全に自走し始めた証拠でもあります。場を作る活動には大きなエネルギーが必要ですが、これからはより持続可能な関わり方を模索していきたいと考えています。
ソフトウェアの新陳代謝についても、AIを積極的に活用して推進していきます。今の時代にそぐわなくなった古いシステムを、現代の環境でも快適に動くように作り直していく。それは、テクノロジーに詳しくない人でもその恩恵を受けられる社会を作るために必要なことだと信じています。
この「ちえラジChat」の配信も、自分の中にある言葉を整理するために欠かせない習慣となっています。多忙な日々が続くとは思いますが、可能な限りこのスケジュールで、私の思考のプロセスを皆さんに共有し続けていきたいと思っています。
金曜日は、地域とゲームの面白い事例について話しました。
横浜市の図書館や福島県の自治体など、行政が主導してeスポーツやデジタルゲームのイベントを開催する事例が増えています。これは単なる娯楽ではなく、高齢者の福祉や地域の交流拠点としての新しい役割を担い始めています。
特に最近のゲームは複数人で協力して遊ぶことが前提のものが多く、大人が集まって遊ぶための「場所」の重要性が高まっています。普代村のような遊び場の少ない地域では、こうしたゲームのスペースが子どもたちだけでなく、大人の孤立を防ぐきっかけにもなり得ると考えています。
かつては「ゲーム依存」などネガティブな文脈で語られがちだった地域コミュニティにおいても、行政が積極的に取り入れ始めている現状には大きな希望を感じます。図書館でのボードゲームイベントの広がりなども含め、ゲームが持つ「人を集める力」をどう地域活動に組み込めるか、さらに深く調査していきたいです。
これらの事例をリスト化し、自分たちの活動にも取り入れられる形を模索していきます。ゲームを通じて世代を超えた対話が生まれ、自然と笑顔が増えるような場所作り。そんな未来を、普代や横浜のあちこちで実現させていきたいです。
今週を振り返ってみると、「仕組みを作る」「手放す」「つなぐ」という言葉が、ずっと頭の中を回っていた気がします。自分が動き続けることで成り立つ状態から、誰かに引き継がれ、自然に回る状態へ。その過程に、テクノロジーもゲームも、ポッドキャストも関わっているのだと思います。
来年は、その準備の年になるはずです。全部がうまくいくとは思っていませんが、少なくとも考え続け、試し続けることはやめないでいようと思います。
今回はGeminiの文章は比較的いい感じにまとめてまとまっていたのでこちらを利用しました。ChatGPTも今回頑張っているのですがいまいちちょっと味がしないですね。どちらも一長一短というのはここをとおしてすごく感じます。
今年もこのような感じでAIが使いつつ自分の接点を少しでも増やすようなことをやっていければいいかなと思います
今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
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2025年もいよいよ締めくくりの時期ですね。今週の「ちえラジ Chat」では、私が拠点としている岩手県普代村から横浜への帰還という大きな移動を軸に、各地で見て感じた地域のあり方や、プログラミングを通じた社会貢献の理想について深く掘り下げてお話ししました
月曜日は、普代村での思い出話。
この日は普代村を離れて横浜へ戻る移動日でもありました。今回の滞在は地震などの出来事もあり、自分の中では非常に長い時間を過ごしたような濃密な感覚がありました。久しぶりに食べたどら焼きに、言いようのない懐かしさを覚えたほどです。
普代村に長く滞在している人ほど「慣れ」が出てくる一方で、2拠点生活をしている自分は、毎回違和感を持って行き来している。その違和感こそが、移住や地域活動を考える上で大事な視点になるのではないか、そんなことも考えました。
この感覚は、たぶん忘れてはいけないものだと思っています。便利さや不便さ、生活の細かい工夫。そうした話は、実際に行き来しているからこそ語れるものだと感じています。
火曜日は、自分の活動の根っこにある話を改めてしました。
ここで言う「いていい」というのは、特別扱いされたいわけでも、称賛されたいわけでもなく、ただ存在を否定されないという意味です。
地域で話をしていると、同じ日本語を使っているはずなのに、言葉が通じない感覚を覚えることがあります。ITやプログラミングを「手段」として以上に捉えていない人が多く、その前提のズレが大きいのだと思います。
Maker FaireやIT勉強会のような場所では当たり前の空気が、地域では当たり前ではない。そのギャップの中で、「あなただけでしょ」と言われてしまう感覚は、正直何度も味わってきました。
それでも、やらなければ次の世代が困る。自分自身が歳を重ねたときにも困る。そう思うからこそ、時間がかかっても続けるしかないのだろうな、と改めて感じた回でした。
水曜日は、SBC.オープンマイク #114、認定NPO法人こまちぷらすの八木恵美さんをお迎えした回の振り返り。
今回は「こよりどうカフェ」という、世代を限定しない居場所づくりがテーマでした。
私自身、これまでの活動を通じて多くの地域拠点を取材してきましたが、多世代対応とオンライン・オフラインの両立をこれほどの熱量で実現している例は珍しいと感じました。パワー的に無理だと諦めてしまいそうな領域を、人を巻き込む力でカバーしている様子は、普代村などの他地域でも非常に参考になるモデルケースだと思います。
初めてのリアル収録ということもあり、音声や映像のズレなど技術的な反省点も多かったです。iPad、プラウドノートピン、Pixel 7aと、複数デバイスを使ったことで、編集の難しさを痛感しました。
それでも内容そのものは、音声だけでも十分に伝わるものだったと思います。今後リアル収録が増えたときのためにも、設備や段取りを見直す必要があるなと強く感じました。
木曜日は、普代村から横浜までの移動中に見た景色や立ち寄った場所について話しました。
二戸、郡山、泉崎村、新白河、東京・芝の家と、本当に盛りだくさんな移動でした。
特に印象に残ったのは、泉崎村で行われていたeスポーツイベントです。役場の方々がとても前向きで、ゲームに対してネガティブなイメージを持っていなかったことが、正直かなり衝撃的でした。
地域活動の現場では、いまだにゲームに対する「食わず嫌い」が多いと感じています。それと比べて、行政側が柔軟な姿勢を持っているケースもあるのだと、現地で実感しました。
普代村と横浜だけを行き来しているだけでは見えない空気感。寄り道をしたからこそ見えた違いを、今後の活動にどう活かしていくか、考えさせられる一日でした。
金曜日は、SIDE BEACH CITY.の一年を振り返りました。
振り返ってみると、やはり中心はSBCast.とSBC.オープンマイクだったなと感じます。
また、緑園学園での中学生向け授業や、泉寿荘での高齢者向け講座など、プログラミング教育の現場にも深く関わらせていただきました。世代によってプログラミングへのアプローチや反応が全く異なることは、私自身にとっても大きな学びであり、こうした授業形式の重要性を再確認する1年となりました。来年以降も、これらの活動を継続し、内容をさらに深めていきたいと考えています。
テキストでの発信が減り、音声中心になっていることについても正直に話しました。書くのが嫌いになったわけではないけれど、時間と体力の配分を考えると、今は音声が現実的だという判断です。
来年も横浜と普代村を行き来しながら、東北各地にも顔を出すことになりそうです。一つの自治体だけで完結しない課題だからこそ、事例を集め、つなげていく役割を続けていきたいと思います。
今週を振り返ってみると、「移動」「振り返り」「原点確認」という言葉がしっくりきます。
移動することで見えるものがあり、振り返ることで続けてきた意味を再確認し、原点に立ち返ることで次に進む方向が少し見えた、そんな一週間でした。
一人でやっていると、どうしても寂しさや限界を感じる場面もあります。それでも、声を出し続けることで、どこかで誰かに届くと信じています。
来年もまた、同じように迷いながら、考えながら、続けていこうと思います。
ここ最近NotebookLMの調子がちょっとおかしい。火曜日の内容が月曜日の内容と混ざったり、別の情報と混ざってしまったり。ソースにはちえラジChatの文字起こししか渡してないはずなんですが…。
ひとまず大丈夫そうなところを確認しながら記事を作成しましたが、この辺りは特にAIのモデルによって内容がうつろう。しっかりと確認しながら書いていきたいところです。

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
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今週の「ちえラジChat」では、岩手県普代村での新しい生活と、そこから見えてきた「プログラマと地域の関係性」について深く掘り下げました。
メインテーマは、「プログラマがいてもいい社会」をどう作るかという問いです。横浜と普代村、二つの場所を行き来する中で感じた、ITスキルを持つ人間が地域コミュニティに飛び込んだ際に直面する「言葉の通じなさ」や、そこから生まれる疎外感をどう乗り越えるべきか、自分自身の原点を振り返りながらお話ししました。
月曜日は、「なぜだかずっと忙しい」という感覚について。
普代村にいると「なぜだか忙しい」という感覚がずっとあるんですよね。仕事が終わったら雑務、晩ごはん、買い物、日々の整理……気がつくと、まとまった時間がまるごと消えていく。慣れない土地での一人暮らし、というだけでも地味に負荷が積み上がっているのを認めざるを得ませんでした。
さらに厄介なのが、雑務の中に「放置すると後で爆発するもの」と「やると確実に効くもの」が混ざっていることです。経費・写真・資料・名刺みたいな“片付け系”は、やらないと未来の自分が詰む。AIで楽になる場面も増えたけど、プロンプトを整えたり、最後の整形が手作業だったりで、結局時間を食うのも正直なところです。
この話をしながら、自分は「諦めること」も大事だと分かっているのに、諦めきれない作業が多いんだな、と自覚しました。横浜に戻っても同じ課題が残る以上、普代村で“詰まり方”を見える化して、圧縮の戦い方を考えないといけない。月曜はその決意を固めた回でした。
火曜日は、「Tech Voice Advent Calendar 2025」への参加も兼ねて、プログラミングをテーマに話しました。
火曜は、普代村という場所そのものから「プログラミング業界」を眺め直しました。普代村には職業プログラマが存在しない。一次産業中心で、コンピューターを“普通に使う仕事”すら限られる。ここにいると、「プログラマ」という存在が前提になっていない社会が、実際にあるんだと肌で分かります。
でも、じゃあIT利活用が不要かというと全然そんなことはなくて、役場の仕事も、他自治体との連携も、ネットサービスも、当然ある。だからこそ「少しでも分かる人」がいないと、回り道が増えたり、判断できなかったりする。ここで自分がやっているのは、助言だけじゃなく“仕組みとして残す”ことなんだ、と改めて腹落ちしました。
一方で、地域コミュニティに入ると、プログラマの常識が通じない瞬間が多いんですよね。ツールの選び方、操作の前提、言葉の粒度まで違う。そういうズレが積み重なると、「それってあなたが特異なんじゃない?」みたいな形で疎外感になって返ってくる。自分はその構造を、普代村でより強く見てしまいました。
それでも、諦める前に“きっかけ”だけは作りたいと思っています。中学校でプログラミングに触れた子が、報われないまま出ていく村にはしたくない。自分の世代で完成形を作れないとしても、次の世代が踏み出せる足場くらいは残す。火曜はその「最低限でも、やる意味がある」という覚悟を言い切った回でした。
水曜日は、SBCast. #156(高専カンファレンス 佐藤潤さん回)の振り返り。
名前は昔から聞いていたのに、ちゃんと覗けていなかったものって、こうやって自分の番組が“縁を作る装置”になることで、ようやく接続できるんだなと思いました。声をかけてよかった、と率直に感じています。
話を聞いて驚いたのが、運営の主軸が卒業生から在校生に移ってきている、という点でした。学生主体のコミュニティって、どうしても引き継ぎが難しくて高齢化していく例を見がちなので、「逆に若返る」流れはかなり意外で、しかも希望がある。コミュニティの寿命って、こういうバトンの渡し方で変わるんだな、と学びがありました。
また、高専関係者だけで閉じず「誰でも参加できる」雰囲気があるのも印象的でした。IT系イベントって、どうしても本職っぽい圧があって、最初の一歩が重いことがある。高専カンファレンスは、オンライン開催もあって、非技術者や中学生のような“入口層”にも道が残っている感じがして、参加のハードルを下げるヒントが詰まっている気がします。
自分はVRの回に参加できなかった(普代村の環境ではVRChatが厳しい)という悔しさもあって、だからこそ「次こそは」という気持ちが強くなりました。イベントって、参加できない経験すら次のモチベーションに変えられる。水曜はそんな“つながりの作り直し”を感じた回でした。
木曜日は、「ジブンゴト」という言葉が好きじゃない、という話をしました。
自分の感覚として、他人の出来事を“自分のことのように”考えるのは、どうしても無理がある。配慮や想像は大事だけど、それはジブンゴトではない、という線引きが自分の中にあります。
この言葉が怖いのは、いったん「分かった気」になりやすいところだと思うんです。想像できる範囲を“理解した”と勘違いしたまま、範囲外の当事者が現れたときに、無自覚に傷つける言葉が出てしまう。完璧に配慮し続けるのは無理なのに、できる前提で語られがちなのが、どうしても引っかかります。
だから自分は、ジブンゴト化よりも「知らないことは常にある」と思って身構えるほうが現実的だと感じています。いわゆる“無知の知”に近い態度で、一歩引いて、相手の話を待てる状態を作る。これって、地域活動でも、テクノロジー支援でも、ものすごく効く姿勢だと思うんですよね。
自分の知らない領域があることを認め、常に一歩引いて配慮し続けること。それが結果として、突発的な事態にも適切に対応でき、他者への本当の意味での敬意に繋がるのではないでしょうか 。すべてを自分のこととして抱え込むのではなく、他者との「境界」を意識しつつも配慮を忘れない——そんな程よい距離感の取り方を、これからも模索していきたいと感じました 。
金曜日は、地域系ポッドキャストの日の流れもあって、「自分が地域活動に関わり始めた理由」を語りました。
きっかけは2015〜16年頃、東京のIT勉強会に片道数時間かけて通い詰めていた時期にあります 。横浜や近隣で自分たちが参加しやすいコミュニティを作りたい、という純粋な欲求が始まりでした 。
しかし、実際に地域の団体に入ってみると、プログラミングの話が驚くほど通じないという現実が待っていました 。ツールとしての活用にとどまり、技術を語り合う文化がないことに愕然としたのです 。その疎外感こそが、今の「まちづくりエージェント SIDE BEACH CITY.」への参画へと私を突き動かしました 。当時はNPO設立にお金にならないという理由で反対もしていましたが、気づけばその活動が私の人生の大きな軸になっています 。
今、普代村に身を置いているのも、その延長線上にあります 。いかに「プログラマが浮かない場所」を作るか 。私の世代だけでこの文化圏を完成させるのは難しいかもしれませんが、プログラミングを学ぶ子供たちがこの村で疎外感を感じないための、ささやかな「きっかけ」作りを、残りの任期をかけてやり抜きたいと覚悟を新たにしました 。
今週は、忙しさの話から始まって、言葉の違和感、コミュニティの継承、そして地域活動の原点まで、全部が「自分がどこで息をしやすいのか/どこで息苦しくなるのか」という話に収束していった気がします。普代村という環境は、その輪郭をはっきりさせる鏡になっていました。
同時に、自分は“分かり合えなさ”を嘆くだけじゃなく、次の世代のための入口を作ろうとしているんだな、とも再確認しました。完成形は無理でも、足場は残せる。そのために、話す・書く・場を作る・仕組みにする。来週以降も、その延長線で動いていくんだと思います。
今回は主にChatGPTのテキストを使用。Geminiにはちょっと意識の高さが見えます。サブタイトルは良かったんですけどね。
ChatGPTは今回モデルのバージョンが上がったのもあり、かなりの変化を感じられました。ここについてはやっぱり何度も使ってみないとわからないですね。

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
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今週も「ちえラジChat」をお聞きいただき、ありがとうございました。12月第2週は、地域活動、防災、そして自己肯定感という、非常に多岐にわたるテーマでお話しさせていただきました。特に、岩手県普代村での活動を本格化させる中で見えてきた地域行政の現状や、私自身が体験した地震避難のリアルな課題、さらにはアニメ・特撮から学ぶ心の持ち方など、「自分と社会との関わり方」について深く考えさせられる一週間でした。
月曜日は、個人的に 「見習いたいポッドキャスト」 について
兵庫県三田市の「ハニーFM」や、大阪市の市民活動を紹介する「シミポタニュース」は、話し方や構成が本当に上手で、特にリスナー層を意識したわかりやすい語り口は、私が目指すところだと改めて思いました。特に、子どもたちにも話をするハニーFMのオウム返しやまとめ方の技術は、自分のポッドキャストにも取り入れたいと強く感じています。誰にでも伝わるコミュニケーションを目指して、私も日々精進していきたいものです。
火曜日は、地域行政とプログラミングやテクノロジー全体について
Code for Japan Summit などの場ではIT活用が進んでいる話題もありますが、普代村のような現場では、ITやプログラミングの知識を持つ人が非常に少ないという現状を目の当たりにしています。私自身、技術系の専門学校出身ですが、行政に就職するというパスがまだ一般的ではないという事実は、地域社会における技術者育成の課題を浮き彫りにしていると感じました。
このギャップはたぶん、横浜でもどこでも起きていて、結局「たまたま詳しい人がいるかどうか」で回ってしまうところがあるんだろうなと。偶然頼みの状態は、仕組みとしては脆いです。
この現状を踏まえ、私は 「偶然」に頼るのではなく、技術を持つ人が行政に関わる「仕組み」 が必要だと強く主張しました。子どもたちがプログラミングを学ぶ環境を整えるためには、まず地域の行政や大人がテクノロジーを理解している必要があります。SIDE BEACH CITY.の活動を通じて、このギャップを埋めるための具体的なアクションを起こしていきたいと、決意を新たにした日でした。行政や地域活動に携わる人たちへのアプローチを、もっと積極的に行うべきだと深く内省しました。
水曜日は、SIDE BEACH CITY.のウェブ配信の裏側の話
最近、SBCast.の配信プラットフォームでトラブルが頻発しており、その確認が遅れることに問題意識を持っています。私一人の確認には限界があるため、内部、つまりSIDE BEACH CITY.のメンバーからのフィードバックやチェックが不可欠だと感じています。
しかし、残念ながら内部のメッセンジャーなどでSBCast.の感想が飛び交うことがほとんどなく、「誰も聞いていないのではないか」という課題に直面しています。この状況に対し、私は自分の発言力の問題と捉えつつも、「外側、つまりリスナーさん」に関心を持ってもらい、SBCast.やSIDE BEACH CITY.の活動に「エージェント」として関わってくれる人を増やしたいという考えに至りました。関心さえあれば会費不要で関われる「エージェント」という制度を活用し、知恵やノウハウを共有しながら、配信チェックの協力を得られないかと、具体的な募集の可能性を探り始めました。
木曜日は、12月8日に体験した大きめの地震と避難の経験について
実際に津波警報が出て避難所に身を寄せたことで、私は 「安全バイアス」だけではない避難の難しさを痛感しました。夜23時の避難は、翌日の仕事への影響を考えると「避難したくない」という心理を生み出します。特に、柔軟な調整が難しいNPOやフリーランスの仕事をしていると、避難が「自分の首を絞める」行為になりかねません。
さらに、私のような移住者にとって「避難場所での孤立」が目に見えていることも、避難をためらわせる大きな要因だと気づきました。避難所でスマートフォンで仕事をするしかなかったという私の行動は、まさに孤立を象徴しています。この経験から、私は「地域が仲良くならないと、防災は成立しない」という持論を確信しました。避難がネガティブな経験だけで終わらないよう、地域コミュニティの醸成が、いざという時の避難行動につながると、改めて痛感し、今後の地域活動の重要性を再認識しました。
金曜日は、「アニメ・特撮で学ぶ自身のご機嫌の取り方」。
最近Xなどで「自分に自信が持てない」という話を見かける中で、私がなぜ比較的「自分の面倒を見切れている」のかを内省した結果、アニメや特撮の極端なキャラクターから学んでいるのではないかという考えに至りました。
特に、戦隊やライダーなどのニチアサ番組には、やたらと自己評価が高いキャラクターが必ず一人はいるという指摘をしました。例えば『ゴジュウジャー』のゴジュウポーラーのような「俺様」的な振る舞いを真似てみると、不思議と自信喪失などと言っていられなくなるんです。これらの極端なキャラクターは、視聴者、特に未就学児に「自信を持つための言葉」や「落ち込んだ時の対処法」を教えるために存在しているのではないか、と考えました。
これらは物語の「濃淡」をつける役割だけでなく、人生の歩み方を学べるという可能性。アニメ・特撮の持つ力を再認識し、私もそうした作品から今後も積極的にポジティブな姿勢を学んでいきたいと強く思いました。
今週を通して、自分の中で一本通っていたのは「仕組みが人を助ける」という感覚でした。行政のテック活用も、避難の継続も、配信の安定も、結局は“詳しい誰かの善意”だけで回すと折れる。だから入口を増やしたり、チェックの目を増やしたり、地域の関係性を育てたりする必要があるんだと思います。
そして個人の話に戻すと、アニメや特撮から“気分の立て直し方”を借りる、というのは、かなり実用的な自己メンテだなと感じました。評価が返ってこない環境でも折れないために、外部のキャラや物語を自分の中の支えにする。これもまた、ある種の「仕組み化」なんだと思います。
今回もなんとなくChatGPTのつづる文章はやや不安定で一部三人称になっている文章があります。基本的には今回はGeminiのつづった文章を使いましたが、それもまた一部怪しいみたいで…。どちらがいいのかとも言い切れない状態です。
つくづく複数のモデルを使うということも必要性を感じますね。
また今回はとにかくGeminiのグラフィックレコーディングの画像がいいなという感じですこちらについては詳細モード(Nano Banana Pro)のちからはつくづくすごいなあ と。

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください
今週のちえラジChatは、AI活用の持論から始まり、中学生向けプログラミング授業の振り返り、SBCast.のゲスト回の感想、科学系ポッドキャストの日への参加、そして週替わりテーマ「ゲーム」の話と、かなり盛りだくさんな一週間でした。
話しているときには、その都度「今日のテーマ」だけに集中しているつもりなのですが、こうして一週間をまとめて俯瞰してみると、自分の中で共通して流れている関心――AIとの付き合い方、プログラミング教育と地域、若い世代と地域活動、日常に潜むテクノロジー、そして大人とゲーム――が、一本の線のようにつながっているのを感じます。
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今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください
この一週間を振り返ってみると、私は主に 「AIと人間が共同作業をする上での課題と可能性」、そして「地域コミュニティにおけるテクノロジーへの関わり方や言葉の使い方の内省」という二つの大きなテーマについて深く掘り下げてお話させていただきました。
AIの持つ強い固定観念(バイアス)から、学生さんのプログラミング学習へのAI活用、そしてSIDE BEACH CITY.でのAIを活用したコンテンツ制作の試みまで、デジタル技術との距離感を改めて見つめ直しました。
また、「みんな」という言葉の指す範囲や、コミュニティでのテクノロジーに関心を持つ人材の必要性など、人間関係や社会的な課題にも焦点を当てました。
月曜日は、「AIが持つ固定観念」の話。
画像生成AIに「ヒゲなし」と念押ししても、なぜかしっかりヒゲを生やしてくる“ヒゲ強要問題” 。「90歳のプログラマ」というだけで、名前も出していないのに自動的に若宮正子さんだと決めつけて話し始める文章AI。そうした例を目にするたびに、「AIって人間以上に偏見に支配されてるんじゃないか?」と感じる場面が増えています。
ただ、そこで「AIは偏見まみれだからダメだ」と切り捨ててしまうのではなく、むしろ「AIが出してくる極端な思い込みの姿」を、自分自身の鏡として眺めることもできるのではないか、と今は思っています。AIが当然のように選ぶ“お約束の答え”を見ながら、「自分も似たような決めつけで人を見ていないか」「この前提自体が偏見かもしれない」と考え直すきっかけになるからです。
実際、ここ最近はAIの出力をノートやブログに載せて、「これはAIが書いたものだよ」と明示しつつ公開することも増えてきました。安全な範囲で試しながら、「AIがこう言うなら、自分はどう思う?」と問い直す。その積み重ねが、AIを“便利ツール”としてだけでなく、“反面教師”としても活かす道なのかなと感じています。
火曜日は、緑園学園でのプログラミング授業が一段落したタイミングでの振り返り。
印象的だったのは、9年生(中学3年生)の生徒たちが、当たり前のようにAIを使いながら作品づくりをしていたことです。コードを書くときも、説明文を作るときも、「AIを使って終わり」ではなく、「AIから出てきたコードや文章から学ぶ」という視点が所々に見えました。Google for EducationにGeminiが入ったこともあり、学校としてAIとの付き合い方をきちんと伝えてきた結果なのかもしれません。
とはいえ、贅沢を言えば「AIと一緒に学ぶとき、そばに伴走してくれる人間」がもっといてくれたらいいのに、とも感じます。プログラミングを仕事にしているレベルでなくても、「プログラミングってこういう考え方だよ」「ここはこう調べてみようか」と一緒に悩んでくれる大人や先輩がいるだけで、AIとの共同制作はずっと心強くなるはずです。
そう考えると、CoderDojoのような子ども向けの場とも少し違う、「子どもも大人もお年寄りも、みんなでプログラミングとAIの話ができる場」 が必要なのではないかと感じています。リアルな場も大事ですが、普代村のようにオンラインに頼らざるを得ない地域もあります。 オンラインとオフラインを行き来しながら、どの世代の人もAIやプログラミングに触れられる場づくり は、これから自分がもっと深く取り組みたいテーマのひとつです。
水曜日は、SIDE BEACH CITY.のウェブ配信、とくにSBCast. Ch2の「ひとり語りシリーズ」についての話をしました。
ここ最近、自分ひとりで話す回が増えてきていて、「シリーズって言っていいのかどうか…」と思いつつも、ちえラジChatで毎日しゃべっているネタをSIDE BEACH CITY.的な文脈に整理しなおして話してみる、という試みを続けています。
実務的には、ちえラジChatの文字起こしをダウンロードし、それをNotebookLMに投げ込んで、関連する資料もいくつか追加し、まとめて原稿を作ってもらう──というフローで進めています。AIを活用することで、私が割と適当に喋ってしまった内容にも、うまく肉付けをして配信形式にまとめており、「あ、こういう切り口で整理できるのか」 と気づかされることも多いです。
ただ、その一方で「横文字多め」「意識高め」な文章が出てきてしまうこともあって、そのまま読むと自分のキャラクターとも違うし、SBCast.を聞いてくれる人たちにも距離を感じさせてしまう気がしています。なので、 AIが作った原稿をベースにしつつ、そこから“自分の声”に引き寄せる手直しをする のが、毎回のちょっとした工夫どころです。
本当は配信頻度を落とした方が楽なのかもしれません。でも、 SIDE BEACH CITY.はもともと情報発信が多くない団体だからこそ、「音声発信ぐらいはちゃんと続けていたい」 という気持ちも強くあります。SBC.ブログのコラムも、ちえラジChat+NotebookLMをうまく組み合わせれば、もっと手軽にテキスト化できるはず 。音声とテキストの両方で伝えられるSBCを目指して、少しずつ仕組みを整えていきたいと感じているところです。
木曜日は、「みんな」という言葉について。
ブログでもポッドキャストでも、「みんなそう思ってるよね」「みんなこうだよね」という表現はつい使ってしまいます 。自分も例外ではなく、気を抜くとすぐ「みんな」を口にしてしまうのですが、ふと冷静になると「そのみんなって、具体的に誰のことなんだろう?」と気になってしまうのです。
隣近所の数人を指しているのか、自分と同じ界隈の人たちを指しているのか、日本全国の人たちを指しているのか。それによって「みんな」という言葉が持つ重さはまったく変わってきます。聞き手が想像する「みんな」と発信者の想定する「みんな」は、たいていズレています。それなのに、「みんなって言ったんだから、なんとなく伝わるでしょ」と済ませてしまうのは、発信者として少し乱暴だよなと感じています。
もちろん、リアルタイム性が強い場──例えば生放送やイベントの実況──では、そこまで一言一言を精査していられない空気感もあります。そういう場では多少の「あいまいなみんな」は仕方ないのかもしれません。でも、ちえラジChatのように録音前後で振り返る余裕がある場や、推敲の効くSNS投稿・ブログなどでは、なるべく「みんな」という言葉に頼らず、どんな範囲の人をイメージしているのかを言葉にしていきたいと思っています。
「この地域で活動している人たちの中では」「最近自分の身のまわりで話している範囲では」といった一言を添えるだけでも、伝わり方はずいぶん変わります。日本語で発信を続けていく以上、「どの範囲の声を代表して話しているつもりなのか」を、自分自身に問い直し続けたい。そんなことを改めて考えた木曜日でした。
金曜日は、「テクノロジーに興味がある人探し」という話をしました。
SIDE BEACH CITY.は外向きにはスマホの活用講座やプログラミング相談など、IT利活用支援をあれこれやっている団体に見えますが、実は内部のシステム周りにも課題が山積みです。ウェブサイトの改善、ツールづくり、業務の自動化──作りたいもの・作るべきものはたくさんあるのに、自分ひとりのリソースではなかなか手が回っていません。
今の時代、AIを使ったバイブコーディング的なアプローチで、ある程度のコードを書くことはできます。それでも、「そもそもどんな設計にするか」「どんなやり方がいいか」「この実装で本当に大丈夫か」を考えるには、やはりそれなりの時間と複数の目線が必要です。自分ひとりで作っていると、「抜け漏れがないか」「他の人からどう見えるか」が不安になって、余計に前に進みにくくなることもあります。
だからこそ、本当は学生さんでも「技術力はまだ高くないけれど、テクノロジーに興味がある」という人でも、システム周りを一緒に見てくれる仲間がほしいと感じています。ただ、地域コミュニティど真ん中で活動している団体の中で、かつテクノロジーに興味を持っている人に「実際に出会う」というのが、驚くほど難しいのが現実です。これまでSBCast.でお話を聞いてきたプログラミング系コミュニティの多くでも、「若い人がなかなか来ない」「技術に興味のある人が細くつながっている」という課題は共通していました。
そんな状況だからこそ、自分はまず「文系分野」と言われがちな人たちの営みをもっと知るところから始めたいと思っています。ボードゲームやデジタルゲームと図書館の関係を調べるなかで大学図書館を訪ねたり、地域のコミュニティスペースに足を運んだりするのも、その一部です。テクノロジーから一歩離れたところで活動している人たちの暮らしや価値観を知ることで、「どんな形ならテクノロジーの話に興味を持ってもらえるのか」「どんな入り口があると一歩踏み込んでもらえるのか」が、少しずつ見えてくるのではないかと思っています。
こうして1週間を振り返ってみると、テーマはあちこち飛んでいるようでいて、実はどれも「人」に向かっていました。AIの偏見を見て自分の偏見を疑うこと。AIと学ぶ子どもたちのそばに、人間の伴走者がいてほしいという願い。SBCast. Ch2を続ける中で、「AIの原稿」と「自分の声」のバランスを探る試行錯誤。「みんな」というたった二文字に、誰のどんな声を重ねるのかを問い直すこと。そして、テクノロジーに興味を持つ仲間を求めて、あえて文系ど真ん中の現場を見に行こうとすること。
AIもテクノロジーも、ことばもコンテンツも、結局のところ「人」がどう関わるかで意味が変わってきます。だからこそ、これからも焦らず、でも足は止めずに、自分の活動の中で「人」と「技術」の良い距離感を探していきたいと思います。来週のちえラジChatでも、またその途中経過を、ゆるく、でもできるだけ正直に話していけたらうれしいです。
今回はChatGPTの内容は結構良さそうだったので、ほぼほぼChatGPTで。Geminiの文章も音声概要をソースとして処理しているときに比べると圧倒的に安定しているんですけどね。
今回のようなポッドキャストをAIでまとめ直して再出力するという試み、最近自分自身かなり多くの場所でやってきています。
まあ人それぞれどんなメディアで情報を見たいかっていうのが違うので、なるべくたくさんの人に刺さるような方法を試したい。人が書いた文章ではないので違和感を感じるという人もいそうではありますが。
それでも何もしないよりはましなのかなと思っています。今後何か方向性は考えつつもこのような配信の方法は続けていければいいのかなと思っています。