高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

ポッドキャストから広がる縁と、これからの地域・教育のカタチ - ちえラジChat5月第三週のまとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

Gemini作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

ちえラジChat 2026年5月第3週のまとめ - Notion

今週は、ポッドキャストウィークエンドに参加したことをきっかけに、自分自身の配信活動や地域活動との向き合い方をあらためて考える一週間になりました。

ポッドキャストというメディアの広がりを実感しただけでなく、プログラミング教育、スマートフォンとパソコンの関係、地域との距離感、そしてゲームやeスポーツの社会的な広がりについても、かなり深く考える機会がありました。

月曜日:ポッドキャストウィークエンドで感じた広がり

月曜日は、ポッドキャストウィークエンドに行ってきた話から。

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以前よりも規模がかなり大きくなっていて、会場の空気感そのものが変わっていたのが印象的でした。出展数もジャンルも大幅に増えていて、「ポッドキャストってここまで広がっているんだ」と素直に驚きました。

特に印象に残ったのは、地域系の番組や専門職系の番組が増えていたことです。法律、消防設備、歯科関係など、本当に細かい専門分野を扱う番組が並んでいて、「こんなテーマでもポッドキャストになるんだ」と感じる場面がたくさんありました。以前は雑談系やメジャーなカルチャー系が多かった印象だったので、かなり空気が変わったと思います。

また、ステッカー交換文化がかなり強くなっていたのも印象的でした。以前は「ご自由にどうぞ」形式が多かったのですが、今回は会話の流れで自然に交換する文化になっていて、「これは自分も準備しておくべきだったな」と反省しました。配信そのものだけではなく、リアルイベントでどう存在感を出すかも大事なんだなと感じました。

さらに、配信内容を冊子化したり、AIを活用して過去配信をまとめたりしている人も増えていました。単に音声を出すだけではなく、その周辺にある情報をどう整理し、どう届けるかまで含めて活動になっているんだと思います。自分自身の配信活動についても、「もっとまとめ方や見せ方を工夫できる余地があるな」と強く感じたイベントでした。

  • 土日に開催された「ポッドキャストウィークエンド」の参加報告を実施。
  • 専門職による配信が増え、ポッドキャストという分野の広がりを実感。
  • リスナーや配信者同士のステッカー交換が活発化しており、準備不足を後悔。

火曜日:今のプログラミング講師に必要なこと

火曜日は、現在行っている中学校でのプログラミング講師の経験から、「今の講師に求められていること」について話しました。

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最近の中学生は本当にAIを自然に使いこなしていて、土台をAIで作り、その上に自分なりの工夫を乗せるという使い方をしている生徒が非常に多かったです。

それを見て、「もう講師って答えを教える存在ではないな」とあらためて感じました。昔のように、講師が正解を知っていて、生徒がそれを学ぶという構図ではなくなっているんですよね。今はAIがあるので、答えそのものには比較的たどり着きやすい時代になっています。

ただ、その一方で、エラーメッセージを読み解いたり、どこがおかしいのかを俯瞰して見る力はまだ育成途中です。実際、コード中の「l」と「1」の見間違いのような、人が一緒に見てあげることで解決する問題も多くありました。だからこそ、今必要なのは「答えを出す人」ではなく、「一緒に考える人」なんだと思います。

私は、今の講師に求められているのは高度なプログラミングスキルそのものではないと考えています。それよりも、論理的に考えてヒントを出せる力や、もし自分が間違えたら素直に謝れる誠実さの方が重要です。生徒をレベル10まで引き上げるプロではなく、レベル5くらいの知識を持って、同じ目線で「こうしてみたら?」とアドバイスできる存在が求められているのです。

自分はよく「伴走者」という言い方をしていますが、まさにそういう役割が重要になっている気がします。論理的に考え、必要なら一緒に悩み、もし間違ったことを言ったら素直に謝れる。そういう人が、これからの教育現場には必要なんじゃないかと、あらためて感じました。

  • 中学校でのプログラミング講師の経験に基づき、現在の教育ニーズを分析。
    • 中学生がAI(Gemini等)を使いこなし、コードをアレンジしている姿に驚嘆。
  • AI自習が可能な現代において、従来の「教える講師」は不要になりつつあると指摘。
  • 大人が子どもをサポートするために、最低限の技術知識を持つべきだと提唱。

水曜日:まちのえんがわキャストのこれから

水曜日は「ポッドキャストウィークエンド」で多くの地域系配信者と交流し、「まちのえんがわキャスト」の今後について深く考えさせられた話。

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これまで「SBCast.」なども含めると、私たちは200以上の団体にお話を伺ってきました。この膨大なアーカイブは、AIを活用することで非常にユニークなデータベースになると確信しています。例えば、多くの子育て支援団体が「楽しさ」をキーワードに掲げている一方で、IT系以外ではその言葉があまり出てこないといった、分野横断的な傾向が見えてくるんです。

他者の活動を知ることは、自分たちの活動を客観的に見つめ直す鏡になります。「他の街の話なんて関係ない」と思わず、ぜひ聴いてほしいのですが、50分近い配信を毎回聴くのは大変だということも理解しています。だからこそ、今後はAIを使ってダイジェスト版を作ったり、要点をまとめた記事を発信したりと、より「つまみ食い」しやすい仕組みを作りたいと考えています。

「人のふり見て我がふり直せ」ではありませんが、他の地域の事例から学べることは山ほどあります。まちのえんがわキャストを、単なるインタビュー番組で終わらせるのではなく、活動の指針となるような情報源にアップデートしていく。そんな未来に向けて、データの活用方法をじっくりと模索していくつもりです。

  • ポッドキャストウィークエンドでの交流を元に「まちのえんがわキャスト」の広報を検討。
    • 地域活動を扱う他の番組との、生存競争ではない「協力関係」の構築を模索。
  • 異なる地域の活動でも「楽しさ」や「子育て」といった共通のキーワードがあることを発見。
  • 長尺の配信を聞きやすくするため、ダイジェスト作成などの工夫が必要だと痛感。

木曜日:スマートフォンという「狭い窓」の危うさ

木曜日は、スマートフォンという「狭い窓」について。

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自分は、スマートフォンしか使っていない人ほど、インターネットに依存しやすくなるのではないかと感じています。スマホは画面が小さいので、全体像を見るのが難しいんですよね。結果として、小さな窓をずっと覗き込み続けることになる。一方、パソコンを使うと、もっと広い範囲を俯瞰して見られるようになります。

私はよく、スマートフォンを「狭い窓」に例えます。インターネットという広大な街を眺めるのに、スマホの小さな画面だけでは一部しか見えません。対してパソコンは「大きな窓」です。プログラミングや創作活動を通じてパソコンに触れている子どもたちは、ネットの全体像を把握しているため、スマホに依存しすぎず、適切な距離感を保てているように感じます。

逆にスマホしか知らないと、その狭い窓から必死に街を覗こうとするため、結果的に依存状態に陥りやすくなります。先日もポッドキャストウィークエンドで専門家の方とお話ししましたが、やはり「まずはパソコンに触れること」が重要だという意見で一致しました。全体像を知っていれば、スマホは「必要な時だけ見る道具」へと変わるのです。

そのためには、まず家庭環境が重要です。親がスマホしか使わない家庭では、子どももスマホ以外の選択肢を持てません。大人がパソコンを使って外の世界と繋がっている姿を見せることが、子どものデジタルリテラシーを育む第一歩になります。家に一台、自由に触れるパソコンがあることの価値を、今一度見直すべきではないでしょうか。

スマホの利便性は否定しませんが、それだけに依存して世界を狭めてしまうのはもったいないことです。パソコンという大きな窓から世界を見渡す経験を積むことで、情報の真偽を見極めたり、トラブルを回避したりする力が自然と養われます。「パソコンファースト」の習慣が、子どもたちの未来を守る鍵になると、私は信じています。

  • スマートフォンを「狭い窓」、PCを「大きな窓」と定義し、デジタルとの付き合い方を考察。
  • PCでインターネットの全体像を知ることで、スマホ依存やトラブルを防げると分析。
  • 「PCファースト」の環境を家庭で作ることの重要性を強調。

金曜日:普代村の「職住近接」が教えてくれた豊かさ

金曜日は、岩手県普代村から横浜に戻ってきて一ヶ月半経った話をしました。

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二拠点生活をしていたあの半年間を、今でも毎日のように思い出します。普代村は車がないと不便だと思われがちですが、駅前に商店街や役場が集約されており、徒歩でも十分に生活できる「バランスの良さ」がありました。車を運転しない私にとって、あの距離感は非常に魅力的でした。

特に印象に残っているのは「職住近接」の極致です。職場からお昼ご飯を食べに一度家に帰るなんて、都会では考えられない贅沢な時間の使い方ですよね。横浜にいると、イベント一つ行くにも東京へ移動し、帰宅する頃には終バスを気にするような生活になりがちですが、普代村では「家で過ごす時間」がしっかりと確保されていました。

また、岩手の方々はオンラインイベントの活用も上手だと感じます。「いわてSDGsカフェ」のように、リアル会場とZoomをシームレスに繋ぎ、遠方にいても自然に会話に加われる空気感があります。横浜に戻った今でも、オンラインを通じて岩手の人たちと繋がっていられるのは、こうした土壌があるからこそだと感謝しています。

離れてみて改めて、普代村のポテンシャルを強く感じています。戻る時に交わした「また行きますね」という約束を嘘にしないためにも、横浜にいながらどう影響を及ぼし、関わり続けていくかを考えています。あの場所で感じた「生活の維持に忙しくも充実した感覚」を忘れずに、今後の活動に活かしていきたいです。

  • 岩手県普代村から横浜に戻って1ヶ月半が経過した現在の心境を吐露。
  • 地方での一人暮らしを通じて感じた「生活を維持する」実感について言及。
  • 今後も何らかの形で普代村の活動に関わり続けたいという強い意欲を表明。

土曜日:eスポーツが変える「ゲーム」と地域の関係

土曜日は、高見知英のゲームの話しかしないポッドキャストから、「最近のeスポーツ」というテーマで話しました。

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特にここ最近SBCast.やまちのえんがわキャストで岩手eスポーツ協会やケアeスポーツ協会の取り組みを取材して、「ゲームってこんな場所でも活用されているんだ」と驚かされることが多かったです。

最初は図書館でのゲーム活用事例を調べたことがきっかけでした。ボードゲームだけでなく、デジタルゲームを使って高齢者コミュニティを活性化している事例があり、実際に話を聞いてみると、かなり盛り上がっていたんですよね。太鼓の達人を通じてコミュニティが継続しているという話までありました。

まずは横浜の山内図書館や福島県の泉崎村での事例を調べましたが、自治体が主導して高齢者向けのeスポーツイベントを開催し、そこから自主的なコミュニティが生まれているケースもあります。お年寄りが「太鼓の達人」に熱中し、自分たちで場所を借りて遊び続ける……。そんな姿は、ゲームを「子どもの敵」と見なしてきたこれまでの空気を一変させる力があります。

ケアeスポーツ協会の「高齢者が格闘ゲーム(鉄拳8)に挑戦する」という取り組みも衝撃的でした。指先を使い、対戦を通じて刺激し合うことは、フレイル(加齢による虚弱)予防にも繋がります。ゲームを共通言語にすることで、世代を超えたコミュニケーションが生まれ、地域が活性化していく。そんな未来がすぐそこまで来ているのを実感します。

現在自分がプログラミングの講座を行っている高齢者福祉施設泉区の泉寿荘でもNintendo Switch Sportsを用いたボウリング大会が行われていました。公共施設や高齢者施設でのゲームの活用っていうのは、思った以上に増えているんだなと感じます。

ゲームは今や、福祉や地域振興の重要なツールになりつつあります。「ゲームなんて……」と言える時代は終わり、これからはどう活用して人生を豊かにするかを考えるステージです。真面目な話にはなりましたが、ゲームの持つポジティブな側面を、これからも様々な番組を通じて発信し続けていきたいと、改めて強く思いました。

  • 横浜市山内図書館での高齢者向けゲーム活用事例と、その後の自発的コミュニティ形成を紹介。
  • ケアeスポーツ協会による、高齢者施設での「鉄拳8」活用という意外な取り組みに注目。
  • ゲームが多世代交流や福祉の現場で前向きに捉えられ始めている現状を肯定。

まとめ

今週は、ポッドキャスト、プログラミング、地域活動、ゲームと、一見バラバラに見えるテーマをたくさん話しました。でも振り返ってみると、「人がどうつながるか」という話に集約されていた気がします。

AIが発達しても、伴走する人は必要。スマートフォンが便利でも、広い視野を見る環境は必要。地域活動もゲームも、結局は人と人をつなぐ仕組みなんですよね。

そして、自分自身も、その「つながりを作る側」にもっと積極的に回っていきたいと思いました。配信をするだけではなく、まとめる、整理する、橋渡しをする。そんな役割を、これからさらに強めていければと思っています。

  • メディアの広がりへの驚き: ポッドキャストのジャンルがニッチな専門分野にまで拡大していることを実感し、配信の幅広さに感銘を受けています。
  • AI時代の講師像の再定義: AIによって「答え」を容易に得られる現在、講師は正解を教える存在ではなく、エラー解決をサポートし論理的思考を促す「伴走者」であるべきだと考えています。
  • デジタルメディアへの視点: スマートフォンを「狭い窓」と表現し、インターネットの全体像を把握するためには、家庭でPCを「大きな窓」として活用することの重要性を強調しています。
  • 地域への愛着と可能性: 岩手県普代村での二拠点生活を振り返り、職住近接の魅力や、オンラインを活用した地方と都市の繋がりの可能性を再確認しています。
  • ゲームの社会的価値: 高齢者福祉(ケアeスポーツ)や地域活性化にゲームが活用されている現状を知り、ゲームが「子どもの敵」ではなく、多世代を繋ぐポジティブなツールになり得ると確信しています。

AIまとめ考

今回も変わらずChatGPTの出力内容をベースとしつつGeminiの内容を一部組み込みました。

ちなみに料金料金プランの切り替えの都合上現在一時的にChatGPTが無料版になっていますが、みたところそんなに文章品質の違いは感じません。

もちろん内部的に言えば無料版と有料版の差異は基本一度に処理する情報量の違いでしかないのでそこまで性能が変わることはないはずですが、思った以上に変わらないなということに気がつきました。

オンラインの隙間と、AIと作る未来:5月第2週の振り返り

ChatGPT作今週のグラレコ
Gemini作成今週のグラレコ
今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

ちえラジChat 2026年5月第2週のまとめ | Notion

今回の主な内容は、「オンラインとオフラインのハイブリッドな繋がり」「AIを活用した新しい創作の形」「『本』や『名前』という普遍的なメディアの再定義」という、一見バラバラに見えて実は「今の時代をどう生きるか」という一つの線で繋がったテーマたちです。技術が進化しても変わらない本質と、技術があるからこそ広がる可能性について、深く考えさせられた一週間でした。

月曜日:オンラインの可能性と「会えない時間」の埋め方

月曜日は、2020年ごろの078Kobeをはじめとしたオンラインイベントの話。

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コロナ禍でリアル開催が難しい中でも、Zoom、StreamYard、clusterなどを使って、できる限りイベントらしいことをオンラインで実現しようとしていた取り組みは、今思い返しても本当に面白かったです。自宅にいながら全国各地のイベントに参加できるという感覚は、当時の自分にとってとても新鮮でした。

今は多くのイベントがオフラインに戻っています。それ自体はもちろん良いことですが、オンラインがほとんどなくなってしまったことには、少し寂しさもあります。岩手県のように地域が広くて集まりにくい場所、子育て中で移動時間を取りにくい人たち、障害などで移動が大変な人たちにとって、オンラインは単なる代替手段ではなく、参加の入り口そのものになるのだと思います。

自分は、オフラインとオンラインのどちらか一方ではなく、両方がある状態が一番良いと思っています。直接会う時間には限りがありますし、終電や終バス、お店の閉店時間もあります。だからこそ、会えない間をオンラインで補完するような関わり方が、もっと広がってほしいです。ハイブリッドイベントは難しいと言われますが、それでも挑戦する価値はあると感じています。

  • コロナ禍の「078Kobe」を振り返り、短期間でオンライン化した当時の熱量を回想しました。
  • 移動が困難な人や多忙な親にとって、オンラインは重要な交流手段であると主張しました。
  • 対面で会えない期間をオンラインで埋める「補完的な活用」がもっと増えるべきだと述べました。

火曜日:AIはプログラミングをどう変えたか:audio2movie公開

火曜日は、自作ツール「audio2movie」の公開報告をさせていただきました。

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これは、音声ファイルにテンプレートを組み合わせて、ゲスト名やキーワード、画像、オーディオビジュアライザーなどを表示する動画を作成できるツールです。まちのえんがわキャスト第1回、シャンティ国際ボランティア会の山本英里さん回の動画にも、このツールを使いました。

今回の開発では、Gemini Code Assistをかなり活用しました。コードだけでなくREADMEなども含めて、AIにかなり助けてもらった感覚があります。自分が思いつかなかった実装方法が出てきたり、「こういうやり方があるのか」と驚く場面も何度もありました。以前よりも、AIが出してくるコードに対して違和感を覚えることが少なくなったとも感じています。

ただし、AIに任せれば何でもうまくいくわけではありません。AIに頼り切る中で感じたのは、指示を出す側にも「的確な言葉」と「引き返す度胸」が必要だということです。ただ「ふわっと」と指示するのではなく、「フェードイン」といった正確な用語を使わないと、AIも迷ってしまいます。また、AIの提案が迷走し始めた時に「この道はダメだ」と判断して元に戻る判断力は、これまでの開発経験があったからこそできたことだと感じ、知識の重要性を再認識しました。

この経験を通じて、中学校でのプログラミング授業をどう進めるべきかについても深く考えさせられました。AIを避けて通ることはもはや不可能です。子どもたちが社会に出る数年後、AIがどうなっているかは分かりませんが、「コンピューターツールとどう折り合いをつけていくか」という考え方は、どんな職種に就いても必須のスキルになるはずです。

技術の進化は速いですが、それに振り回されるのではなく、どう「使いこなす側」に回るか。YouTubeのポッドキャスト連携機能が少し物足りないと感じて、自分でツールを作って解決した今回のプロセスそのものを、いつか生徒たちにも伝えられたらいいなと思っています。私自身も、AIという強力なパートナーを得て、次は何を作ろうかとワクワクしています。

  • ポッドキャスト動画作成ツール「audio2movie」の公開を報告しました。
    • テンプレート機能により、オーディオビジュアライザー等を重ねた動画が汎用的に作れます。
  • 開発にはGemini Code Assistを使用し、コードの提案内容に何度も驚かされました。
  • AIに頼り切るのではなく、適切な用語(フェードイン等)を使える知識が重要だと分析しました。
  • 中学校のプログラミング授業で、AIをどう使いこなすかを教える必要性を説きました。

水曜日:「本」というメディアが持つ原始的で力強いエネルギー

水曜日は、「まちのえんがわキャスト」の初回ゲスト、山本英里さん(シャンティ国際ボランティア会)の回を振り返りました。

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シャンティ国際ボランティア会さんは、図書館総合展などでもよくお見かけしていた団体で、紛争地帯や本に触れる機会の少ない地域に本を届ける活動をされています。

紛争地帯や文字の少ない地域に本を届ける活動は、かつて紹介したエファジャパンさんとも重なる部分がありますが、より「物理的な本」の力を信じる姿勢が印象的でした。

本というメディアは、改めて考えるととても強いものです。ゲーム、アニメ、映画、ドラマなども人の心に訴えかける力がありますが、本は持ち運びやすく、電源や再生環境がなくても触れられるという強さがあります。文字が読めない場合でも、絵本であれば絵を通して伝わるものがあります。そう考えると、本はかなりプリミティブなところで人に届くメディアなのだと思います。

私自身、最近はWebコンテンツに偏りがちで、本をじっくり読む機会が減っていたことを少し反省しました。でも、実はかつて技術書を執筆していた人間として、本という形式には特別な愛着があります。今回の対談を通じて、自分と全く異なる層の人にリーチするためには、やはりWebではなく本という形が必要なのだと、自分の中の「書くこと」への熱が再燃するのを感じました。

AIが普及し、情報の形が変わっていく今だからこそ、「今の時代の本」とは何なのかを問い直してみたい。ポッドキャストを始めている出版社の方々とも、いつか新しい本の形について語り合えたら嬉しいです。本が持つ汎用性と力強さを、自分なりのアプローチでどう表現できるか。そのヒントを山本さんからいただいた、とても贅沢な振り返りの時間となりました。

  • 「まちのえんがわキャスト」初回ゲスト、山本英里さんとの対談を振り返りました。
  • シャンティ国際ボランティア会とエファジャパンの、本を通じた支援の共通点と差異を考察しました。
  • 本は、デジタル環境がない状況でも人間のプリミティブな感情に訴えかけると指摘しました。

木曜日:名前を「選ぶ」ことで生まれる責任とアイデンティティ

木曜日は、「ハンドルネーム利用のススメ」という、私にとって非常にパーソナルな話をしました。

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きっかけは、身近な方のライフステージの変化で苗字が変わったことでした。本名で活動していると、どうしても私生活の変化が公的な活動に影響を与えてしまいます。でも、コミュニティ活動や発信において、その変化を周囲が意識する必要は果たしてあるのでしょうか。私は、本名とは別の名前を持つことに大きな意義を感じています。

私自身、「高見知英」という名前を使い始めてから30年近くになります。中学時代に自分で考え、地図や名付け辞典から選んだこの名前には、家族から与えられた本名とは別の、自分自身で選んだという強い愛着と責任が伴っています。「匿名は無責任だ」と言われることもありますが、長く使い続けている固定の名前は、本名と同等かそれ以上のアイデンティティを形成すると私は信じています。

今の時代、オンラインメディアや地域活動など、個人が「表に出る」機会は増えています。その際、本名のままだと意図せぬプライバシーの露出や、同姓同名の有名人による情報の紛れ込み(私自身がそうです)など、デメリットも少なくありません。自分なりの活動をするのであれば、それに相応しい名前を自分でデザインし、名乗っていく。それは、一人の人間として自立した表現活動を行うための、最初の一歩になるのではないでしょうか。

地域のコミュニティスペースでも「高見さん」として受け入れられている今の環境を、私はとても心地よく感じています。本名を知らなくても信頼関係は築けますし、むしろ「活動のための名前」があることで、より純粋にその役割に向き合える気がします。皆さんも、もし何か新しいことを始めるなら、自分自身を象徴する新しい名前を考えてみてはいかがでしょうか。

  • 本名以外の名前(ハンドルネーム・ペンネーム)を使うことの利点を提言しました。
  • 結婚等による苗字の変化がコミュニティ運営に影響しないよう、別名を持つ意義を説きました。
  • 本名での活動にデメリットがある場合、「自分で名前を考える」ことが表現の第一歩になると語りました。

金曜日:『ギャバン インフィニティ』に学ぶ「制約」を「面白さ」に変える知恵

金曜日は、スーパー戦隊に代わって放送が始まった「ギャバン インフィニティ」について話しました。

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スーパー戦隊枠を引き継いで始まった本作ですが、最初は「どう変わるんだろう」と少し構えていたものの、思ったほど違和感なく見られているなと感じています。

いざ始まってみると、その独特のSF設定に感心させられるばかりです。特に、多次元宇宙(パラレルワールド)を渡り歩くという設定が、物語としても制作的にも非常に賢い選択だと感じました。

特に面白いと思ったのは、宇宙刑事というSF的な要素を持ちながら、基本的にはパラレルワールドの地球を舞台にしているところです。他の星まで何万光年をどう移動するのか、といった問題を深く考えなくてもよく、ロケ地も「別次元の地球」として扱える。この仕組みは、かなりうまい設定だと思いました。SF感を出しつつ、制作上の制約も吸収できるやり方なのだと感じます。

もちろん、違う次元同士の登場人物が簡単には会えないという制約もあります。でも、その制約があるからこそ、物語のまとめ方にも工夫が生まれているように思います。設定の作り方ひとつで、作品の見せ方も、制作上の自由度も変わってくるのだなと感じました。アニメや特撮を見るとき、つい物語そのものだけでなく、こういう構造にも目が向いてしまうのは、自分らしいところかもしれません。

  • スーパー戦隊枠で始まった『宇宙刑事 ギャバン インフィニティ』の感想を述べました。
  • 他の星への移動を描かないことで、ロケ地の調整や移動時間の矛盾を解消する効率的な手法だと感心しました。
  • SF要素を入れつつも、こじんまりとした面白さを維持している点を評価しました。

まとめ

オンラインとオフライン、AIと人間、本とデジタル、本名とハンドルネーム。

相反するように見える二つの要素の間に、私たちが心地よく、そして自分らしくいられる「ハイブリッドな場所」がある。そんなことを強く感じた一週間でした。

皆さんの日常の中にも、何か新しい「ハイブリッド」な発見がありますように。

  • オンラインの可能性: オフライン回帰が進む中で、「会えない29日(日常)」をオンラインで補完するハイブリッドな繋がりの重要性を強く感じており、都市型フェスティバルのオンライン・ハイブリッド版の復活を願っています。
  • AI開発の驚きと課題: AIを使うことで自分にない知識を補える驚きを感じる一方、的確な指示を出すための基礎知識や、おかしな方向に進んだ際に「引き返す度胸」の必要性を痛感しています。
  • メディアとしての「本」の力: 紛争地や発展途上国での支援活動を通じ、デジタル環境がない場所でも人の感情に直接訴えかける「本」という物理メディアの汎用性と力強さを再認識し、AI時代の新しい本の形に関心を持っています。
  • 名前(ハンドルネーム)の重要性: ライフステージで苗字が変わる本名よりも、自分で決めたハンドルネームの方が責任感や愛着が持てる場合があり、特に地域活動や表現活動においては本名と分けた名前を持つことを推奨しています。

AIまとめ考

今回もGeminiの出力内容は文章の要点のみにフォーカスを絞っており、ChatGPTは満遍なくいろんな情報を見ている感じがします。

最終的には本編を聴かせたいという意図を持って書くとGeminiの内容が良いかもしれませんが、このちえラジChatまとめの趣旨はそうではないので、ここではChatGPTの方が相応しい感じがします。

考えてみればLISTENのポッドキャストブログ版もGeminiを使っているはずで、あちらもどちらかというとブログの記事はポッドキャストを聞いてもらうための呼水のような立ち位置という感じがしました。

Geminiは言うと何もしなくても続きはポッドキャストでみたいな文書の作り方をする性質があるのかもしれません。

まちのえんがわキャスト#01 本の力を、生きる力に。(シャンティ国際ボランティア会 山本英里さん)

今回の「まちのえんがわキャスト」は、シャンティ国際ボランティア会の山本英里さんをお迎えしました。

アジアの子どもたちに本を届ける活動について、たっぷりとお話を伺っています。

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シャンティ国際ボランティア会の活動

シャンティさんは1980年代、カンボジア難民支援から始まった団体です。

現在はアジア7ヶ国、8地域で、本を中心とした教育文化支援を行っています。

単に本を届けるだけでなく、図書館の整備や、現地の言葉での教材作りもされているとのこと。

行政と連携して制度を整えるなど、非常に多角的な活動をされているのが印象的でした。

本の力が「生きる力」に変わる瞬間

山本さんのお話の中で特に心に残ったのが、子どもたちの「目」の変化についてです。

最初は不安や疲れが見える子どもたちの目が、読み聞かせを通じて好奇心に満ちていく。

その変化を目の当たりにできるのは、活動の大きな手応えなのかなと感じています。

困難な状況にある子どもたちほど、想像力を養う時間が必要だという言葉に深く共感しました。

絵本を通じた日本とのつながり

「絵本を届ける運動」という、日本から参加できる取り組みについても伺いました。

日本語の絵本に現地語の翻訳シールを貼って届けるという、手仕事の支援です。

シールの裏には、作業をした日本の方の名前が現地語で書かれています。

子どもたちがその名前を一生懸命読んでいるというエピソードは、とても温かい気持ちになりますね。

ITの活用と「読み聞かせ」の大切さ

ITについても、山岳地帯での教員研修などに動画を活用されているそうです。

ただ、便利さだけを追うのではなく、格差を生まないよう慎重に取り組まれているとのこと。

一方で、大人が子どものために時間を使う「読み聞かせ」の価値も強調されていました。

愛情を感じる時間が少ない紛争地だからこそ、そのひとときが大きな支えになるのですね。

活動を知る、参加してみる

シャンティさんの活動は、海外だけでなく日本の災害支援にも広がっています。

まずはホームページやSNSで、現地の状況を知ることから始めていければいいなと思っています。

「本の力を、生きる力に。」というキーワードに込められた思いを、ぜひ本編で感じてみてください。

sva.or.jp

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作りすぎず、伝えそこねず、遊びを忘れない一週間 - ちえラジChat4月第5週まとめ

ChatGPT作今週のグラレコ
Gemini版今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

今週の配信では、ポッドキャストのYouTube展開に向けた技術的な試行錯誤から、プログラミングにおける「作らない」美学、さらにはeスポーツを通じた地域活性化や、「ゲーム」が持つ意外な教育・社会的役割まで、幅広いテーマについて深く掘り下げてきました。

月曜日:ポッドキャストのYouTube版をどう作るか

月曜日は、まちのえんがわキャストのYouTube版動画をどうするかについて話しました。

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これまで「まちのえんがわキャスト」では、静止画に音声を乗せるだけのシンプルな形式を採用してきましたが、今後の展開を考えるともう少し工夫が欲しいところです 。しかし、ゲストの方に動画出演をお願いするのはハードルが高いですし、何より制作の手間を極力減らしたいという本音もあります。

制作ツールについても、以前使っていたClipchampは編集の手間が大きく、かといってここ最近頻繁に使っているCanvaにはオーディオビジュアライザー機能がありません。現在は、別のツールでビジュアライザーを作成し、それをCanvaに合成する方法を検討していますが、果たしてうまくいくかはまだ未知数です 。

結局のところ、ギリギリまで悩み続けそうな気配が漂っていますが、なるべく「ただのカバーアート動画」にはしたくないというこだわりが私の中にあります 。配信時間が迫る中での試行錯誤ですが、自分なりの納得のいく形を模索して、まずは形にしてみようと思っています 。

  • ポッドキャストのYouTube動画版をどう作成すべきか、現在進行形で悩んでいる。
  • ゲストに顔出しを強いるような、制作ハードルの高い動画化は避けたいと考えている。
  • カバーアートのみの静止画動画ではなく、少しでも視覚的な工夫を加えたい意向がある。

火曜日:プログラミングは「作らないこと」が一番

火曜日は、プログラミングにおいても「無駄に作らないこと」が大事だという話をしました。

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「ものづくりnoシテン」を聴いて強く共感したのが、「部品の数を減らすことは、ものづくりにおいて非常に有効である」という考え方です 。

これはプログラミングの世界でも全く同じだと私は考えています。コードの行数やモジュールの数を減らすことは、単なる効率化だけでなく、エラーのリスクを減らし、保守性を高めることにつながるからです 。かつての職場でも、私は後輩に「プログラミングとは無駄に作らないことだよ」と説いていました 。

今の時代、AIを使えばいくらでもプログラムを生成できてしまいますが、だからといって安易に自作ツールを増やすのは考えものです 。プログラムを作るということは、将来にわたって保守やアップデートを行う責任を負うということでもあります 。AIで作り直せばいいという意見もありますが、それすらも結局は「保守」と同じ手間を伴うのではないかと感じています 。

自分自身も、AIを使っていろいろなツールを作っているので、「作らないことが大事」と言いながら作っているではないか、という面はあります。本当に既存のツールで済むなら、できるだけ既存のものを使ったほうがいいという考えは変わっていません。

特に怖いのは、作ったことで既存の手順に戻れなくなることです。一度自作ツールを前提にしてしまうと、次もまた作るしかなくなります。テストも必要ですし、想定外のケースも考えなければいけません。だから、自分は今でも「プログラミングとは無駄に作らないこと」だと思っています。作る前に、本当に作る必要があるのかを考える姿勢は、AI時代だからこそより重要になっている気がします。

  • 最も良いプログラミングの方法は「無駄に作らないこと」であるという持論を展開した。
  • AIで簡単にコードが生成できる現代でも、安易にツールを自作すべきではないと考えている。
  • 既存ツールで代用できるのであれば、それを使うのが最も賢明な選択である。

水曜日:SBCast.最終回と、ゲームが地域にもたらすもの

水曜日は、「SBCast.」の最終回として、岩手eスポーツ協会の遠藤徹也さんにお話を伺った回の振り返りをしました 。

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岩手eスポーツ協会の話を聞いて印象的だったのは、eスポーツが単なる競技ではなく、地域や自治体との関わりの中で使われていることでした。全国にはいろいろなeスポーツ協会がありますが、すべてが地域連携や福祉的な活動に重きを置いているわけではなさそうです。その中で岩手eスポーツ協会は、自治体との協力や高齢者向けイベントなど、地域に近い活動をしているように感じました。

自分自身、福島県の泉崎村や須賀川市でのeスポーツイベントについても取材したことがあります。そうした経験からも、自治体とゲームは決して水と油ではないのだなと感じています。

むしろ、ゲームをきっかけに子どもが外に出たり、高齢者が地域の場に参加したりする可能性がある。地域活動の中でゲームから距離を置いている人がいる一方で、自治体の側では意外とゲームを活用し始めているというギャップも気になりました。

また、ゲームは学びの入り口にもなり得ると思っています。ゲームを楽しむには、文字を読む力、物語を理解する力、世界観を把握する力、操作を覚える力など、いろいろな力が必要です。プログラミングをしなくても、ゲームを通じてコンピューターの操作感覚やUIへの理解が育つこともあります。

私は、こうしたゲームのポジティブな側面をもっと広め、普段ゲームに馴染みのない地域の大人たちを巻き込んでいきたいと考えています 。遊びが学びや活力に変わる瞬間を、これからも「まちのえんがわキャスト」を通じて発信し続けたいと強く思っています 。

  • 岩手eスポーツ協会の遠藤氏との対談を通じ、地域に根ざしたeスポーツの形を振り返った。
  • 「ゲームと自治体」は一見相性が悪そうだが、実際には地域課題の解決に役立っている。
  • 遊びに触れる機会の少ない地域の大人たちに、ゲームの持つ可能性を伝えていきたい。

木曜日:声の配信で気をつけたい「こそあど言葉」の落とし穴

木曜日は、配信者としての言葉遣い、特に「これ・それ・あれ・どれ」といった指示語(こそあど言葉)について反省しました 。

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「これ」「それ」「あれ」「どれ」といった指示語は、話している側にとってはとても便利です。言葉を短くできますし、自分の中でなんとなく指しているものがあれば、そのまま話せてしまいます。

でも、ポッドキャストでは聞いている人と話している人の見えているものが違います。ビデオポッドキャストであっても、聞き手が画面を見ているとは限りません。家事をしながら、移動しながら、別の作業をしながら聞いている人もいます。そう考えると、「これを見てください」と言われても、聞き手には何のことかわからない場面が出てきます。

この考えに至った背景には、数年前に視覚障害の方から伺ったお話があります 。オンライン会議の普及で「資料のここ」といった表現が使いづらくなり、結果として言葉による説明が丁寧になったことで助かっている、という意見を聞いて衝撃を受けました 。

指示語は「お互いに同じものが見えている」という感覚に支えられた言葉です 。多様な環境で聴いてくださるリスナーの皆さんに、より確実で丁寧な情報を届けるために、普段から言葉選びを磨いていかなければならないと、改めて襟を正す思いです 。

  • ビデオポッドキャスト等で多用されがちな「こそあど言葉(指示語)」への懸念を表明した。
  • 「これを見てください」といった表現は、画面を見ていないリスナーを置き去りにする。
  • お互いの視野が共有されていないことを前提とした、丁寧な説明の必要性を強調した。

金曜日:常識と感性を繋ぎ止める、ゲームという名の「錨」

金曜日は、ゲームが持つ「浮世離れを防ぐ」という不思議な効能についてです。

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最近オンラインでいろいろな人と話している中で、仕事や外の社会から離れていると、日常の仕組みや生活必需品の成り立ちのような、いわゆる一般常識も抜け落ちてしまうことがあるのだなと感じることがありました。

もちろん、誰かを責めたいわけではありません。家から出る機会が少なかったり、行動範囲が近所だけに限られていたりすると、自分と違う生活や考え方に触れる機会が減ります。その結果、社会の中で当たり前に共有されている感覚から少しずつ離れてしまうことは、誰にでも起こり得るのだと思います。

例えば「軽自動車だから軽油を入れる」といった極端な誤解は、義務教育の欠如ではなく、社会との接触が偏った結果として起こる「感覚の剥離」ではないでしょうか 。私自身も大半を家で過ごしている身として、この「常識の忘却」は他人事ではないという恐怖を感じています 。

そこでふと思ったのが、ゲームの存在です。ゲームの世界はファンタジーであっても、完全に現実から切り離されているわけではありません。物理法則、社会倫理、道具の使い方、人間関係など、現実に近い要素が土台にあって、その上に少しだけ不思議な要素が乗っています。だからこそ、ゲームを遊ぶことは、現実世界の常識やものの仕組みを思い出すきっかけにもなるのではないかと思いました。

そしてこれは、水曜日に話した「ゲームと学び」にもつながります。楽しいものを本当に楽しむためには、教養や知識が必要になることがあります。

ゲームに限らず、アニメ、映画、読書などもそうですが、楽しさは学びの原動力になります。忙しい大人ほど、遊ぶことや楽しむことを後回しにしがちです。でも、楽しむ気持ちを失うと、社会との接点や常識感覚まで少しずつ薄れてしまうのかもしれません。

だからこそ、自分はゲームや遊びを、単なる娯楽ではなく、人が社会とつながり続けるための大事な要素として見ていきたいと思いました。

  • 社会との接点が薄れることで、日常品の仕組みや社会倫理への感覚が鈍ることがある。
  • ゲームは現実に基づいたルールや物理法則を持つため、常識を繋ぎ止める役割を果たし得る。
  • 大人が新しいことを学ぶ意欲の源泉は、多くの場合「楽しいこと」から生まれる.
    • 忙しい大人こそ「楽しむこと」を忘れず、遊びを通じて教養や感性を維持すべきである。

まとめ

今週は、動画制作、プログラミング、eスポーツ、言葉づかい、ゲームと常識という、一見ばらばらな話題を扱いました。ただ振り返ってみると、どの話にも「相手にどう届くか」「それを続けるための負担はどうか」「人が社会とつながるには何が必要か」という問いがありました。

まちのえんがわキャストのYouTube版を作るにしても、見栄えをよくするだけでなく、出演者のハードルや自分の作業負担を考える必要があります。プログラムを作るにしても、便利さだけでなく保守の負担を考える必要があります。ポッドキャストで話すにしても、自分に見えているものが相手にも見えているとは限らないと考える必要があります。

ゲームについても同じです。ゲームはただの遊びではなく、人が外に出るきっかけになったり、学びの動機になったり、常識を保つ支えになったりする可能性があります。地域活動においても、ゲームや遊びをもっと自然に扱えるようになれば、関われる人の幅は広がるのではないかと思います。

SBCast.が終わり、まちのえんがわキャストへ移っていくこのタイミングで、あらためて「どうすれば人に届くのか」「どうすれば無理なく続けられるのか」を考える週になりました。これからも、自分自身が試行錯誤しながら、地域活動やコミュニティ活動の入り口を少しでも広げていきたいです。

AIまとめ考

今回はここ最近に比べてChatGPTの内容を大めに。

Geminiが割と文書のキーワードを膨らませてほかを捨ててくるのに対してChatGPTはいろいろな方面の内容をまんべんなく拾ってきます。たまに「ここは飛ばしてほしくなかった」というようなところをGeminiが的確にすっ飛ばしてくることがあるため、そのあたりはChatGPTの内容を加えて上手く加工する必要があるという感じがします。

忙しい大人に遊びとAIを。地域と技術の交差点で見えたもの - 4月第4週「ちえラジ Chat」振り返り

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

今週のちえラジChatは、「地域活動」「AI活用」「ポッドキャスト」という自分の活動の軸がそれぞれしっかりと現れている内容でした。特に印象的だったのは、「忙しい大人」と「AIとの付き合い方」というテーマが、全体を通して一本の線のようにつながっていたことです。

月曜日:忙しい大人にこそ「遊び」の選択肢を

月曜日は、「忙しい大人と遊び」の話をしました。

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地域の子ども向けフリースペースの話や、ラシク045のような団体との関わりの中で、親世代がいかに忙しいかという話題が繰り返し出てきます。実際に話を聞くだけでも、その忙しさは十分伝わってきて、自分としても強く実感しています。

一方で、自分は「大人こそ遊ぶべきだ」と思っています。子どもの遊び環境を整えるためには、その価値を理解している大人が必要だからです。ただ現実として、遊ぶ余裕がないという状況もよく分かります。この理想と現実のギャップは、かなり大きいと感じました。

私の母がファミコン時代からゲームにどっぷり浸かっていた影響もあり、私自身は「遊ぶ大人」が当たり前の環境で育ちました 。しかし、今の地域活動を見ていると、ゲームを日常的に楽しむ親世代と、全く触れない親世代の間には深い溝があるように感じます 。この「遊ぶ大人と遊ばない大人の断絶」をどう埋めていくかが、今の私にとって大きなテーマの一つになっています 。

特に「縁乃庭」のような場所でNintendo Switchを設置していても、アカウント設定やライセンスの仕組みを的確に解釈できる大人がほとんどいないという問題に直面しました 。子どもたちが当たり前にゲームに触れる時代だからこそ、大人がその環境を適切に整備したり、トラブル時に相談に乗れたりする知識を持つことは、実はとても重要なのではないかと考えています 。

だからこそ、自分は「詳しい大人とつながる仕組み」が必要だと思いました。全員が詳しくなる必要はないけれど、困ったときに聞ける人がいる。その状態を地域でどう作るかが、これからの課題だと感じています。

  • 子育て支援団体「ラシク045」での活動と、現代の親の多忙さについて言及した。
  • ゲームをする大人としない大人の断絶をテーマとして感じていると述べた。
  • 「遊び」が地域や家庭にもっと入り込むための設計の必要性を感じた。

火曜日:AIプロジェクト失敗から学んだ「分解」の重要性

火曜日は、AIを使ったツール開発がうまくいかなかった話をしました。

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私はこのポッドキャストのまとめを毎週ブログにアップしていますが、ChatGPTやGeminiの出力を比較したり、見出しレベルを調整したりする作業が意外と手間で、これを自動化するツールをAIに作ってもらおうと試みたのです 。

「一段落ごとに文章を選定できるツールを」というようなプロンプトを投げ、基本的には問題ないはずだと思っていましたが、結果は散々なものでした 。AIが生成したプログラムは、特定のお題に対しては動くものの、汎用性が全くなく、実用には程遠い内容になってしまったのです 。AIが万能に見える今でも、文章を整理し、複雑なロジックで組み合わせるようなプログラムは、まだ不得意な分野なのだと実感しました。

また、AIに任せる際には「タスクの分解」が重要だとも感じました。一気にやらせようとするのではなく、小さく分けて少しずつ組み立てていく。この発想がないと、AIはうまく使えないのだと思います。どんなアプリを作りたいかによって、一気にプロンプトを投げるべきか、細かく分割して依頼すべきか、その判断基準を人間が持っていなければなりません。

結果的に、AI時代でもプログラミングの知識は必要だと再認識しました。細かい文法を覚える必要はなくても、「どう分解するか」「どう組み立てるか」という考え方は不可欠です。このあたりが、これからのスキルとして重要になると感じています。

  • ブログ作成を簡略化するためのAIツール作成を試みたが、失敗したことを報告した。
  • AIへの指示を細かく分解して実装するアプローチの重要性を再確認した。
  • AIによってプログラマーが不要になる時代はすぐには来ないと実感した。

水曜日:地域活動と発信の「2つの軸」を見つめ直す

水曜日は、「まちのえんがわキャスト」の第0.5回配信の振り返りでした。

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今回は、これまでの「SBCast.」160話以上のアーカイブをAIに解析させ、私たちがどんな人たちを取材し、どんな課題に向き合ってきたのかを俯瞰してみるという、非常に興味深い試みを行いました 。

解析の結果、私たちの活動は大きく分けて「地域や技術の課題を発信している人」と「現場で実践している人」の2軸で構成されていることが分かれると感じました。ポッドキャストで情報を届ける方々から、地域コミュニティの拠点(コミュニティカフェなど)を運営している方々まで、実に多様な熱量に支えられてきたのだと、改めて感謝の気持ちが湧いてきました 。

特に印象的だったのは、都会ほどコミュニティが希薄だと言われがちですが、実際には東京や横浜には非常に多くの活動拠点が存在しているという事実です 。逆に、車社会の地方の方が人とのすれ違いが少なく、繋がりを作るのが難しい場合もあるという視点は、実際に各地を取材してきたからこそ得られた、私自身のリアルな感覚と一致しました 。

また、社会課題を「真面目に話しすぎない」というエンターテインメント性の重要性も再認識しました 。フランクな対話を通じて、知らないことを知るきっかけや「自分たちの活動にも応用できる」という気づきを届けること。これこそが「まちのえんがわキャスト」が目指すべき姿であり、今後もオンラインに繋がる術を持たない方々の声も含め、多様な物語を拾い上げていきたいと考えています 。

  • 「まちのえんがわキャスト」第0.5回を配信し、過去の取材記録をAIで解析した,。
  • 社会課題を真面目に話しすぎず、フランクに伝えるポッドキャストの強みを強調した。
  • 今後もオンラインに繋がる術を持たない層を含め、多様な団体の話を聞きたいと意欲を示した,。

木曜日:ポッドキャストの長さは「自由」でいい

木曜日は、ポッドキャストの長さについての話でした。

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短い方がいいのか、長い方がいいのかという議論はよくありますが、自分の結論は「どちらでもいい」です。

実際、自分は多くの番組を倍速で聞いていますし、長い番組でも途中でやめることもあります。一方で短い番組は、多少内容が合わなくても最後まで聞くことが多いです。この違いは意外と大きいと感じています。

また、リスナー側が選べる時代になっているという点も重要です。プレイリスト機能を使えば、短い番組をまとめて聞くこともできますし、長い番組を分割して聞くこともできます。つまり、長さそのものはそれほど本質的な問題ではないと感じています。

結局のところ、配信者が「伝えたい意味が伝わる長さ」であれば、それがベストな長さなのだと思います 。収録の目安時間を概要欄に書いておくといった配慮は嬉しいものですが、長さそのものに縛られず、皆さんが好きなように喋り、リスナーが自由に選択して聴く。そんな多様性が認められるポッドキャスト文化が、私は大好きです 。

  • ポッドキャストの適切な長さ(長い方がいいか短い方がいいか)について持論を展開した,。
  • 短い番組は合間時間に聞きやすく、長い番組はテーマを深掘りできる良さがあるとした,。
  • 再生リスト機能があるため、配信者は長さを気にせず「伝えたい内容」を優先すべきだと結論づけた。

金曜日:AIは電動アシスト自転車

金曜日は、AIに対する私のスタンスを象徴する言葉、「AIは自動運転車ではなく電動アシスト自転車である」というお話をしました 。

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これは日々、自分の独り言ログ(活動ログ)をNotebookLMにまとめてもらっている過程で出てきた言葉なのですが、AIの本質を実に見事に捉えていると感じています。

自動運転車のように目的地を指定すれば勝手に連れて行ってくれるのではなく、あくまで自分の足でペダルを漕ぎ、ハンドルを握るのは自分自身 。AIはその負担を劇的に減らし、移動の距離を伸ばしてくれる「アシスト」の存在なのです 。この自覚があるかないかで、AIを使いこなせるかどうかが決まると私は考えています。

実際、AIを使って何かを決めたり作ったりする際には、その分野の最低限の知識(語彙や裏付け能力)がなければ、的確な指示を出すことさえできません 。知識がない状態でAIに頼り切ると、誤解や無駄なやり取りが増え、逆に修正に手間取ってしまうという現象が起こります 。これはまさに、使い手のスキルが反映される「電動アシスト」の特性そのものです。

私はよく「自分の力を1.5倍にしてくれるのがAIだ」と言っていますが、まずは自分自身の理解を深めることが、AIの恩恵を最大限に受けるための第一歩です 。AIに頼るのではなく、AIを味方につけて自分の可能性を広げていく。そんな、地に足の着いた技術との付き合い方を、これからも大切にしていきたいと思っています。

  • AIは「自動運転車」ではなく「電動アシスト自転車」であるという比喩を紹介した。
  • AIを使うには、その分野の語彙や知識がないと的確な指示が出せないと指摘した。
  • AIは「自分の力を1.5倍にしてくれるもの」であり、学びを深めるためのパートナーだと述べた。

まとめ

今週も一週間、走り抜けました。改めて振り返ってみると、「遊び」も「仕事」も「地域活動」も、そして「AI」も、すべては私たちの人生を豊かにするためのパーツに過ぎないのだと感じます。

大切なのは、どのパーツをどう組み合わせ、どう乗りこなしていくかという自分自身の意志です。失敗したプログラミングプロジェクトも、地域でのゲームを通じた繋がり模索も、すべてはより良い未来を作るための貴重な試行錯誤。来週もまた、新しい発見を皆さんに共有できるよう、私自身が一番楽しみながら「ペダル」を漕ぎ続けていきたいと思います。

それでは、また来週の「ちえラジ Chat」でお会いしましょう!

  • 大人の「遊び」への断絶: 忙しすぎる現代の親たちが「遊ぶ暇がない」と感じている現状に理解を示しつつも、子どもが遊ぶ環境を整えるためには大人自身が遊びを理解し、実践することが必要だと感じています,。
  • AI活用の本質: AIは「自動運転車」のように目的地まで勝手に連れて行ってくれるものではなく、人間の漕ぐ力を助ける「電動アシスト自転車」であると定義しています。AIを使いこなすには、その分野の最低限の知識(ドメイン知識)が不可欠であり、知識がある人の能力を1.5倍にするための道具であるという実感を深めています。
  • 地域コミュニティの再発見: 都会はつながりが薄いと言われがちですが、実際には多くのコミュニティ拠点が点在しており、目を向ければ多様なつながりが存在することに改めて気づかされています,。

AIまとめ考

今回はややGeminiが自分の言った内容をだいたい全部さらっているのに対して、ChatGPTは発言の要点だけを拾っている感覚でした。

基本的には前回までのとおりGeminiの文章を採用していますが、段落ごとにこっちのほうがいいなと思うものはChatGPTの内容を取り込んで作成しています。

毎度のことではありますがつくづくやっぱりどっちの内容のほうがいいかというのは毎週感じが変わってきます。これはAIのモデルの変化というのもあるし、元の文章がどっちに合っているかというのにもよるのかもしれません。両方の出力が必要であることというのを感じます。

まちのえんがわキャストで、これから伝えていきたいこと

まちのえんがわキャスト 第0.5回をお届けしました。

今回は、前身となる「SBCast.」での活動を振り返りながら、 これからこの番組でどのようなことをお伝えしていくのか、 その方針についてお話しさせていただきました。

SBCast.で紹介してきた活動

これまでSBCast.では、160を超える多種多様な団体やプロジェクトをご紹介してきました。

横浜市内の地域団体から、日本全国のNPO、さらには海外の日本人コミュニティまで、 本当に幅広い方々にお話を伺ってきました。

ゲストの方々も、エンジニアや学生、僧侶、商店街の店主など、 多角的な視点を持つ方ばかりだったなと感じています。

取り扱うテーマも、地域活性化や子育て支援、IT教育、福祉、防災など、 多岐にわたる活動の記録を積み重ねてきました。

社会課題とエンターテインメント

多くの活動に共通していたのは、単なる課題解決に留まらず、 「人と人のつながり」を大切にされていることでした。

特に印象的だったのは、社会啓発とエンターテインメントを融合させる試みです。

「サイエントーク」や「ゲームさんぽ」のように、 遊び心を交えることで、関心がない層にも興味を持ってもらう工夫。

そういった「専門性と親しみやすさ」の両立が、 これからの活動には欠かせないものなのかなと思っています。

意味を求めすぎない居場所づくりといった視点も、 非常に大切な要素であると感じています。

まちのえんがわキャストとしてのこれから

2026年5月からは、「まちのえんがわキャスト」として、 新たな一歩を踏み出していきます。

基本的な方針は変わりませんが、教科書には載らない「街の声」や、 現場で生まれる葛藤をしっかりとアーカイブしていきたいと考えています。

また、これまではオンライン収録が中心だったこともあり、 SNSを活用していない方々のお話を伺う機会が少なかったという反省もあります。

今後は、オフラインで活動されている方々や、 同じように地域をテーマに発信するポッドキャスターの方々とも、 積極的につながっていければいいなと思っています。

新しいスタートを切る「まちのえんがわキャスト」を、 どうぞよろしくお願いいたします。

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AIと地域活動のあいだで考えた一週間 - ちえラジChat4月第三週まとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

AIを駆使した過去の振り返りから、最新のプログラミング事情、そして地域のつながりやお寺の知恵まで、私の活動と考察が詰まった内容になっています。

今週の主要なテーマは「AIによる自分自身の拡張と、地域との多角的な関わり」です。ポッドキャストの過去160回分をAIで分析したり、ChatGPTの支援で拡張機能を作ったりと、技術が私たちの思考や活動をどう支えるかを深く掘り下げました。一方で、横浜・弘明寺でのイベント参加や、地域団体とのコミュニケーションの難しさといった、地に足のついた活動の重要性についても再確認した1週間でした。

月曜日:160回の軌跡をAIと振り返る:SBCast.の再発見

月曜日は、過去160回以上にわたるSBCast.の全エピソードをAI(NotebookLM)に読み込ませて分析したことから。

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LISTENのテキスト起こしデータを「LISTEN Transcript Downloader」で一括ダウンロードし、丸ごと読み込ませることで、自分でも気づかなかった活動の傾向が見えてきました 。膨大な情報を俯瞰して、各団体の共通テーマを抽出するAIの力には本当に驚かされました 。

特に印象に残ったのは、AIがこれまでのゲストや共通テーマをかなり正確に拾い上げてくれたことです。もちろん偏りはあるものの、「ああ、そういえばこんな話してたな」と思い出せるレベルで整理されていて、自分の活動の全体像が見えてきました。

AIに頼ることで思考が鈍るのでは、という話もありますが、むしろ自分は逆で、「振り返りを任せることで考える余白が増える」と感じました。やらないことをAIに任せることで、自分は考えることに集中できる。この使い方はかなり有効だと思っています。

こうした振り返りの詳細は、週末の「まちのえんがわキャスト」でも詳しくお話しする予定です 。自分の作ったものをAIで再構成し、新たな気づきを得るプロセスは、自己成長のために非常に有効だと確信しています 。明日からは、このAIをさらに「つくる」方向へ活用したお話をしていきます 。

  • 過去のSBCast.の文字起こしをNotebookLMで分析し、活動を俯瞰した。
  • AIを使うことで、自力では困難な160回以上の収録内容の振り返りが可能になった。
  • 今後の「まちのえんがわキャスト」でのAI活用報告の準備を進めた。

火曜日:ChatGPTと作る:SNS共有拡張機能開発の裏側

火曜日は、AI(ChatGPT)を使って自分専用のChrome拡張機能を作成したお話をしました 。

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作成したのは、現在開いているページを各種SNSで一斉に共有するためのツールです 。既存のツールでは1つずつ画面を開く手間があったため、「自分で作った方が早い」と思い立ち、Web Intentという仕組みを利用して開発しました。

驚いたのは、AIによる開発支援の進化です 。以前はコードを提示されるだけでしたが、今回は必要なファイルがすべて揃ったZIP形式でダウンロードできるようになっていました 。もちろん、どこにファイルを置いてどう読み込ませるかという最低限の知識は必要ですが、フォルダ構成を手動で作る手間が省けるのは非常に楽だと感じました 。

ただし、やってみて思ったのは「やっぱり完全には任せられない」ということです。プロンプトが曖昧だと、意図と違うものが出てくるし、その修正にはやはり自分の知識が必要です。結局、AIは万能ではなく、使う側の理解力が問われるツールだと改めて感じました。

だからこそ、自分は「AIを使うための基礎知識」を広めることに意味があると思っています。地域の中で、こうしたツールを使いこなせる人が増えれば、市民開発の可能性はもっと広がるはずです。

  • ChatGPTを使用してSNS共有用のChrome拡張機能を作成した。
  • AIへの指示(プロンプト)が不十分だったため、意図と異なるコードが生成されたことを反省した。
  • AIで開発を行う際も、開発者自身に最低限の知識が必要であることを強調した。

水曜日:理系の住職と「執着」:SBCast.#164を振り返って

水曜日は、SBCast.の最新回である玉泉山 安国院の中山雅紀さんをゲストに迎えた回の振り返りです 。

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中山さんはお寺の住職でありながら、学校で科学を専攻していたという「ガリガリの理系」という非常にユニークなバックグラウンドをお持ちの方です 。その理系的な視点から仏教を解釈し、開かれたお寺づくりを目指している姿勢がとても印象的でした 。

特に「執着を手放す」というテーマは、自分にとっても考えさせられるものでした。ただ、それを実践するには知識が必要な場面が少なくない。何を手放していいのか、それとも持ち続けるべきなのかを判断するには、やはり理解が必要です。

これは昨日のAIの話にも通じます。AIがなぜそのような挙動をするのかという仕組み(知識)を知っていれば、AIに対して適切な距離感を保てるようになります 。完全に執着を手放すのでもなく、かといって盲信するわけでもなく、ゆるやかに繋がっておく 。そのためには、やはり学び続ける姿勢が大切なのだと改めて気づかされました 。

中山さんが運営する「橘Gallery」がある千葉県市川市は、私にとっても興味深い場所です 。仏教というオープンでフリーな軸を通じて、多種多様な活動が絡み合う様子は、コミュニティの理想的な姿の一つかもしれません 。いずれは自分も現地を訪れ、その空気を肌で感じてみたいと思っています 。

  • SBCast.#164のゲスト、中山雅紀氏(住職・科学者)との対話を振り返った。
  • 仏教は特定の場所で「より良く生きるためのメソッド集」であると解釈した。
  • 「執着を手放す」ためには、その対象に関する知識が不可欠であると考えた。

木曜日:横浜・弘明寺の「ゼロフェス」:都会の中の生活感と繋がり

木曜日は、横浜・弘明寺のシェアハウス「ニューヤンキーノタムロバ」で開催された「ゼロフェス」の体験について。

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ここは1年限定の入居が基本というユニークな場所で、多様な世代の人々が短期間で濃密な繋がりを築いています。4ヶ月しか住んでいないという方もいましたが、時間の制約があるからこそ育まれる絆もあるのだと感じました。

展示内容は非常に多岐にわたり、文章、書道、パネル展示、さらには「屋上で10分間スマートフォンを見ずにぼーっとする」という体験型コンテンツまでありました。アーティストに限らず、それぞれの人生の中で紡がれた表現が並ぶ空間は、まさに表現の多様性を象徴していました。夜にはラップの披露もあり、本当にエネルギーに溢れた場所でした。

今回改めて感じたのは、都会でも地方でも、人の繋がりは確実にあるということです。最近は「繋がりを求めるなら地方へ」という風潮もありますが、都会の中にもこうした偶然の出会いや繋がりが生まれる場はたくさんあります。弘明寺のような、商店街の匂いや子どもの声が混ざり合う「雑多な生活感」がある街の魅力も再発見しました。

私が今住んでいる静かな住宅街とは異なり、弘明寺には人々の営みがダイレクトに伝わってくる活気があります。そうした「生活感」に身を置きながら、自分のこれからの活動を考える時間は、非常に贅沢で有意義なものでした。来年もまた、この刺激的な場に足を運びたいと思います。

  • 弘明寺のシェアハウスで開催された「ゼロフェス」の訪問報告を行った。
  • 屋上で10分間スマートフォンを見ずに過ごす展示など、多様なアート表現を体験した。
  • 「都会には繋がりがない」という言説に対し、都市部でも豊かな繋がりは作れると確信した。

金曜日:地域団体との向き合い方:言葉の壁をポッドキャストで越える

金曜日は、「地域系ポッドキャストの日」のリレー企画として、「行政や地域団体との関わり方」についてお話ししました。

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正直なところ、私自身もまだ完璧な正解を見つけているわけではありません。IT分野の比重が大きい私にとって、異なる分野の地域団体と言葉を交わす際、微妙な語彙のすれ違い、いわゆる「アンジャッシュ状態」が起きることは珍しくないからです。

同じ言葉を使っていても、指している内容が全然違うという状況は、1、2年経ってから気づくこともあります。メールの返信が来ず、電話をしてようやく繋がるといった、連絡手段やスピード感の差に苦労することも少なくありません。しかし、こうした分野の違う人同士の「会話が通じづらい」壁を越える可能性を、私は「まちのえんがわキャスト」に感じています。

具体的には、関わりたい団体の方やその周辺の方をゲストに招き、3、40分じっくりとお話を伺うことで、相手の人となりや活動の意義を深く理解できるようになります。単なる交渉ではなく、対話を通じて緩やかな関係性を築いておくことが、結果的に後のスムーズな連携に繋がるのだと実感しています。これこそがポッドキャストを地域活動に活かす醍醐味です。

また、月曜日のAI分析でも指摘された通り、活動を可視化していない「声なき人々」の意見をどう拾い上げるかという課題も見えてきました。テーマを決めずに様々な人と話し、それを次のアクションに繋げる。そんな仕組みを「まちのえんがわキャスト」を通じて作っていきたいです。地域団体との関わりに悩んでいる方も、ぜひこのリレー企画をヒントにしてみていただければ嬉しいです。

  • 「地域系ポッドキャストの日」に参加し、行政や地域団体との関わり方を論じた。
  • 一見話が通じているように見えて、実はすれ違っている「アンジャッシュ状態」の難しさを指摘した。
  • ポッドキャストで30分以上対話することが、相互理解を深める有効な手段になると感じた。

まとめ

今週はAIという最先端のツールと、地域コミュニティという泥臭くも温かい現場の両方を往復する1週間でした。AIを使って過去を俯瞰し、自らの道具(拡張機能)をアップデートする。その一方で、お寺の住職の言葉に耳を傾け、地域のイベントで人々の営みに触れる。この両輪が揃ってこそ、私の活動はより深いものになっていくのだと感じています。

来週もまた、新しい発見や挑戦をお届けできればと思います。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

AIまとめ考

どうにもGeminiには「泥臭い」という言葉が好きだな…。今回の内容はどちらかというとChatGPTの方が課題に注目していてGeminiには自分の課題点について話しているという印象がありました。なので文章は適度にこちらが良いという方向を選んで使っています。

久しぶりにChatGPTの方が文章が良いという感じるところも多かった会でした。つくづく「どちらかを選ぶ」ということが大事だなぁと感じます。