
今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください
今週は、プログラミングの授業から始まり、子どもの遊び場、地域との関わり、AIとの付き合い方、そして地名の由来まで、いろいろな話をしました。話題は幅広いですが、どれも「その場で得た体験を、次にどうつなげるか」を考える一週間だったように思います。配信を振り返りながら、私自身が気になったことを改めて書いてみます。
月曜日:プログラミングの授業1日目を終えて
Scratchの授業を終え、今年も生徒の皆さんがプログラミングにどう出会っていくのか、手探りの一日でした。
9月10日、緑園学園で今年のプログラミング授業の初日を担当しました。学年をまたいで集まる授業なので、生徒さん同士もまだ緊張しているように見えます。楽しめているのか、戸惑っているのか、この段階では私にもまだ判断がつきません。ただ、思い返せば毎年、最初の日はこんな空気だったようにも思います。
授業では例年どおりScratchでFizzBuzzを作りました。数字を順番に調べ、3の倍数ならFizz、5の倍数ならBuzz、15の倍数ならFizzBuzzと表示する課題です。順次・判断・繰り返しを一度に扱えるうえ、判定の順番によって結果が変わることも試せます。言われたとおりに並べるだけでは動かないところが、考えるきっかけになります。
作業に詰まった生徒への対応を先生がしている間には、あらかじめ作ったリストを使う方法など、別のFizzBuzzの作り方も紹介しました。同じ結果でも実現方法は一つではなく、状況に合わせて選べることを伝えたかったからです。この話がどこまで届いたかは、これから確かめたいところです。
最近は地域でもプログラミングの話をする機会が増え、年に一度だけ授業に戻ってくる感覚が少し薄れました。今後は子どもだけでなく大人にもScratchを体験してもらえる場を増やしたいです。親子で家に帰ってからも一緒に試せるようになれば、授業の先にある楽しさにもつながると思います。
- 実施されたプログラミング授業の初日の内容について話題として取り上げました。
- 学校におけるプログラミング教育の開始とその経過について振り返りました。
- 次回予定しているプログラミング教育の深化テーマへの導入・告知を行いました。
火曜日:大事なのは家で何ができるか
学校の授業で「面白い」と思ったことを、家でも続けられる環境が必要だと感じています。
月曜日の授業の話から、学校でのプログラミング教育について調べたことを話しました。小学校の各教科や中学校の技術分野で扱う機会は増えているようです。
しかし、横浜市内の状況などを見ると、ロボットや「MESH」といったハードウェアを活用したプログラミングが多いことに、私は少しばかり懸念を抱いています。形あるものを動かす体験は素晴らしいものの、JavaScriptやPythonといったソフトウェア系のプログラミング環境が学校で十分に提供されているのかが気になってしまうのです。
授業で興味を持っても、ハードウェアプログラミングしかやらないのであれば自宅では続きができません。JavaScriptやPythonのようなソフトウェアを使う学びが、実際の授業でどの程度できているのか、私はもっと知りたいと思いました。
学校から端末を持ち帰れる今、その端末で何かを作り続けられることには大きな意味があります。プログラミングは最初に考え方をつかむまで時間がかかりますが、その後は自分で作りながら学べる部分も大きいと感じています。授業時間だけでそこまで到達するのは難しいでしょう。だからこそ、家や地域で気軽に試せる環境が気になります。
CoderDojoのような子ども向けのプログラミングクラブもまだまだ数が足りず、地域格差も大きいのが現状です。学校の授業時間だけでは到底足りないプログラミング学習の時間を、学外でどう補完し、子どもたちが自然に力をつけられる環境をどう構築していくか。これは、私たち大人社会全体で取り組むべき大きな課題であると、私は改めて強く実感しています。
- AIを活用して学校でのプログラミング授業の最新動向を調べました。
- 横浜市等でロボットやMESHなどのハードウェア教材が多い一方、ソフトウェア環境が少ない現状を確認しました。
- GIGAスクール構想でパソコンを持ち帰っても、自宅でプログラミング学習が再現できない課題を懸念しました。
水曜日:どんぐりの森の取材から考えた、遊びを支える大人の役割
子どもが自由に遊べる場を支える工夫と、屋内の遊びにも目を向ける必要を考えました。
「まちのえんがわキャスト」第10回でお話を伺った、四街道プレーパークどんぐりの森の加藤さん、中島さんとの回を振り返りました。森の遊び場に加え、おもちゃを載せたプレーカーで市内の各地に出向いている活動です。子どもが自由に遊べる場を、場所を変えながらつくっているところが印象に残りました。
プレーパークの話では、遊びから学びにつながるリスクと、学びにつながりにくい危険であるハザードを分けて考えることが心に残りました。危険をただ一律に取り除くのではなく、子どもの自由と安全の両方を見ながら場を整える。大人も楽しみながら関わっている様子を聞き、実際の遊び場も見てみたいと思いました。
図書館などでの屋内プレーパークの話からは、デジタルゲームの遊び方にも考えが及びました。ゲーム機で遊ぶ子どもたちに対して肯定も否定もしない「自由」なスタンスが語られましたが、私自身、山手縁乃庭で子どもたちの遊びを見守る中で、屋内遊びには大人の適切な介入が必要な場面があると感じているからです。大人が多様な屋内遊びを理解し、屋内遊びに向けた「プレーリーダー」的な役割を果たすことが、これからの遊び場づくりには求められているのではないでしょうか。
取材そのものにも反省が残りました。お二人の緊張をもう少しほぐせたかもしれませんし、一台のスマートフォンを共有しての収録では声を拾いにくい場面もありました。事前に思い描いた答えへ誘導せず、その人自身の言葉を聞き出すことと、収録しやすい環境を整えること。どちらも次のインタビューで磨いていきたいです。
- 「四街道プレーパークどんぐりの森」(加藤さん・中島さん)のインタビュー回を振り返りました。
- 遊び場における「ハザード(不要な危険の排除)」と「リスク(学びにつながる挑戦)」の管理思想を考察しました。
- 「山手縁乃庭」の経験から、屋内遊びやデジタルゲーム(Switch等)における大人のサポートの必要性を提示しました。
木曜日:「自分たちごと」という言葉の真意
自分には経験できない誰かの困りごとも、共に暮らす社会のこととして考えられるのかもしれません。
以前のSBCast.で横浜コミュニティデザイン・ラボの方が話した「自分たちごと」という言葉を、久しぶりに思い出しました。当時の私は、その言葉を十分に受け止められていなかった気がします。山手縁乃庭で子どもたちと関わるようになって、ようやく少し意味が見えてきました。
山手縁乃庭の街のお茶の間 子どものフリースペースで関わる子どもたち。彼らは私にとって縁乃庭を一歩出れば赤の他人であり、住んでいる場所も日常的に会いに行ける距離ではありません。しかし、それでも彼らの将来や、彼らが生きる社会が息苦しいものになってほしくないという強い願いを、私は確かに抱いていることに気がつきました。
私は「自分ごとにする」という言い方には、以前から少し引っかかりがありました。他人の痛みや仕事の難しさを、経験していない私が完全に理解することはできません。想像することはできても、相手そのものにはなれないからです。
それでも、誰かが困っていると知ったときに、自分たちのいる場所をどう変えられるかは考えられます。そんな関わりが少しずつつながれば、いろいろな人が過ごしやすくなるのではないでしょうか。あのとき聞いた「自分たちごと」という言葉を、私は今、そういう意味として受け取っています。
- 約7年前の「SBCast.#5」で横浜コミュニティデザイン・ラボから聞いた「自分たちごと」という言葉をテーマに語りました。
- 「山手縁乃庭」で関わる子どもたちに対し、赤の他人であっても将来を気にかける感情が「自分たちごと」だと実感しました。
- 隣接する誰かの困りごとに配慮する「自分たちごと」の意識が、居心地の良い社会を作るとの考察を語りました。
金曜日:AIに任せる余白をつくる
新しい技術に出会うため、自分の知っている手法を指定しすぎないようにしています。
最近は、おんぷ村のサイト改修やプログラミングでAIをよく使っています。デザインやテンプレート、コードを考えてもらう中で、私が知らなかったCSSの書き方に出会うことがありました。Web記事で見かけただけの新しい機能も、実際のレイアウトに使われると「こう使えるのか」と驚きます。
そこで思い浮かんだのが「下手の考え休むに似たり」という言葉です。この場合の「下手」は私自身のこと。自分が慣れた技術を細かく指定すると、もっと適した方法があっても、AIはその指定に従ってしまいます。私の知識がAIの選択肢を狭めていたのかもしれません。
最近は、まず作りたいものや達成したいことを伝え、実現方法には余白を残す方がうまくいくと感じています。特にウェブデザインやプログラミングのように手法が更新され続ける分野では、自分の知らない案を見せてもらえるのが面白いところです。
もちろん、必ず守ってほしい条件は伝える必要があります。プログラムなら、必要な動作をテストで確かめる方法もあります。何を実現したいかは私が決め、そのための手法にはAIからの提案を受け入れる。このバランスを、実際に作りながら探していきたいです。
- AIにプログラミングや作業を行わせる際の指示出しの塩梅(加減)について考察を述べました。
- 主語や目的、絶対に逃してはいけない最小限の要望・制約のみを指定する重要性を解説しました。
- AIに自由にやらせることが、結果として良い方向に転ぶことが多いという実感を語りました。
土曜日:地域の名前から見えた土地の歴史
同じ地名にも別々の由来があると知り、次は地域の風景にも目を向けたくなりました。
今月の「地域系ポッドキャストの日」では、「地域の名前」をテーマに、社労士さだきちさん、「えぇかげんラヂヲ」のお二方、ピョン吉さんに参加していただきました。皆さんの話を聞いて、地名にはそれぞれの土地の特徴や歴史が映っているのだと改めて感じました。
私も同じ名前の地域について調べましたが、有名な地名を別の土地が借りてつけたとは限らないようです。池袋のような名前でも、それぞれの場所に由来があり、結果として同じ名前になった例があると知りました。富士見町のように、土地の見え方から似た名前になることもあるのでしょう。
地名には、過去の災害の記憶や、その土地の特性など、歴史が色濃く反映されていることを再認識しました。「えぇかげんラヂヲ」の方々も語られていたように、地名は単なる記号ではなく、その地域を知るための重要な手がかりなのです。普段何気なく使っている地域の名前を少し気にして調べてみるだけで、そこには想像以上の価値や発見が眠っているのだと、私は強く感じました。
次回のテーマは「地域の風景」にしたいと思っています。横浜の景色についても話したいですし、普代村で見てきた風景にも触れたいです。名前を入口に土地の背景を知った今度は、目に映るものから地域を考えてみたいと思います。
- 「地域系ポッドキャストの日」9月まとめとして、社労士さだきちさん、えぇかげんラヂヲ、ピョン吉さんの3団体と交流しました。
- 他地域の名称を参照した例は少なく、東京と横浜にある池袋や青森県横浜町と横浜市などのように偶然の一致が多い事実をAI解析も交えて知りました。
- 次回10月のテーマを「地域の風景」に決定し、横浜市や岩手県普代村の景観について語る計画を発表しました。
まとめ
今週の話を並べると、授業で興味を持った後の学び、遊びを支える大人、他人の未来への関心など、目の前の出来事をその先へつなぐ問いが多かったと感じます。AIに新しい方法を提案してもらうことも、地名の背景を調べることも、私がすでに知っている範囲を少し広げる体験でした。これからも現場で見聞きしたことを持ち帰り、次の行動につなげていきたいです。
- プログラミング教育の課題: 学校教育におけるハードウェア偏重の現状を指摘し、家庭での学習継続性を確保するために、汎用的なソフトウェアプログラミング環境の重要性を強調している。
- 地域コミュニティと遊びの質: プレイパークにおける「リスク」と「ハザード」の管理概念を整理し、屋外のみならず屋内(デジタルゲーム)における「プレイリーダー(支援者)」の必要性を提言している。また、個人を超えた「自分たちごと」という視点が、持続可能な社会形成の鍵であると論じている。
- AI活用の最適化: 技術革新の速い分野において、人間が細部を指示しすぎることでかえって品質が低下するリスクを指摘。「下手の考え休むに似たり」の精神で、AIに一定の裁量を与える「目的主導型」の指示が有効であるとしている。
AIまとめ考
今回も先週と同じように、ChatGPTの内容を中心に、一部Geminiの文章を使って書き換えています。
ここ最近はウェブサイトの文章づくりにもChatGPTをフル活用しています。ここ最近は最新モデルの登場もあり、自分には表現できなかった内容が多くなっているなと感じます。AIの進歩というのはすさまじいですね。
だからこそ、それに負けないソースとしてのちえラジChatも充実させていきたいなと思いました。





