12月10日のアドベントカレンダーの記事では、こどもとデジタルアドベントカレンダーとして「子どもの成長限界は親で決まるのか」というテーマについてお話しします。
SBCast.の大きなテーマの一つとして「子育て支援」というものがあります。
日本各地には、さまざまな子育て支援団体があります。
- 日常生活で居づらさを感じる子どもたちへの支援
- 乳幼児とその親御さんが安心して過ごせる居場所の提供
- 学生が利用できるコミュニティカフェの運営
子育てに密接に関わる団体もあれば、直接的な関係は薄いものの、子どもやその成長を考える団体もあります。
Spotifyで公開している関連プレイリストもありますので、ご興味があればぜひ覗いてみてください。
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学生が利用できるコミュニティカフェ、コミュニティカフェEMANONはリスト外ですが、こちらから聞けます。
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今の子どもを取り巻く環境の問題
このような場所でいろいろな団体と話をしていて感じるのは、子どもの成長できる幅は、よほどのことがない限り親の行動範囲で決まってしまうのではないか?と思ったところです。
例えば、わたしたちまちづくりエージェント SIDE BEACH CITY.は、 例年9月から11月は、横浜市泉区にある緑園学園という学校で、プログラミングの授業を行っています。
そこで生徒の皆さんの感想を受け付けるという機会があるんですが、 結構な確率で、「プログラミングしている人って初めて見ました」みたいな感想をいただきます。
石を投げればプログラマーに当たるぐらいの時代になんでそんなことに?と思うこともあるものですが…。
でも実際、街を歩いてみると会わないんですよね。親がそういう人と知り合いでなければ会う機会は全くない。
このように、親が分野につながりを持っていないことによって、子どもの成長がその分野に伸びない。成長範囲が決まってしまう。成長限界が定まってしまう。
そういう問題があるのではないかと、ここ最近感じています。
カエルの子はやはりカエルなのか
言い方は良くないですが、カエルの子ってやっぱり7割方カエルなんだなと自分は思っています。
コンピューターにほとんど触れない親の子どもは、やはり高確率でコンピューターが苦手です。
それは多分他の分野にも言えること。両親共に料理が苦手であればやはり子どもも料理が苦手だったり、そんなに得意にはならないし、ものづくりが苦手であれば、やっぱり子どもも物を作るのは苦手だったり、そういう概念を持っていなかったり*1。
今時の子であれば、ケータイぐらい誰でも触るでしょう。インターネットぐらい誰でも使うでしょう。ゲームぐらい誰でもするでしょう。そんなの親の得意不得意に関係ないよと思うかもしれませんが、 やっぱりそれでも触らない人は全く触らないし、触ったとしても活用範囲がすごく狭かったりするというのはあるのかなと思います。
「もうテレビなんてそんなに見る人いないでしょう」と言われている世の中にもかかわらず、ポッドキャストなどを聞くとテレビの話題が割としょっちゅう出てくるのと同じで。「今時の子は誰だってゲームするでしょう」という時代であっても、「私ゲームやらないんだよね」という比較的若い方、学生さんとかが割とポッドキャストで出てくるのと同じで。
結局子どもの趣味嗜好の半分以上って親や周りの人にかなり影響されるな と感じます。
突然変異の可能性も増えてきた とはいえ…
インターネットの様々な情報機器は確かにそこに突然変異をもたらす可能性もなくはない。
とは言っても、それでもやはり親の考え方によってある程度子どもの成長方向って決まってしまうし、そこが限界になってしまう可能性が出てくるんだろうなと最近感じています。
だからこそ冒頭お話をしたとおり、カエルの子はやはり7割方ぐらいはカエルなんです。
いきなりトンビが生まれたりタカが生まれたりということは、…まあ可能性が出てきたと言ってもせいぜい3割程度なのかなと個人的には思っています。
親が完璧超人にならないために、斜めのつながりが大事
では親は完璧強人にならなければいけないのかと言うと、それはそんなことはなくて。
そこに出てくるのが以前SBCast.でみんなの放課後クラブの丸山さんがおっしゃっていた斜めのつながりだと思うんです。
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自分の親とか先生とかそういうような人ではなくて、何の関係もないんだけども地域にいる大人と出会う。
そういう機会を増やすことによって子どもの成長限界って変わってくるのではないのかなと個人的には思います。
そうやって子どもが「こんな生き方もあるんだ」ということを知るとか、親が「困った時にこういう人に相談すればいいんだ」ということを知るであったりとかそういう可能性が斜めのつながりには含まれていると思うんです。
インターネットのセレンディピティ。それは大人にとっての話
よくインターネットって見知らぬ情報と出会う機会――いわゆるセレンディピティと言われるもの――これがないと言われます。
実際には全くそんなことはなくXを見ればおすすめ記事で全く知らない分野の情報が流れてきたり、Googleのおすすめ記事で全然知らない分野の情報が流れてきたりといったことはたくさんあると思います。
確かに方向性は若干自分に向いているかもしれないけれどもそれでも十分なセレンディピティがそこにある。
それは確かにその通りではあります。
ただとは言ってもそれはインターネットを使う機会の多い大人の話です。
そこまでインターネットに触れる機会のない子どもや日々忙しい親御さんにとってはやはりインターネットにセレンディピティなどというものは存在しないと思います。
少なくとも現実に比べるとほぼ皆無に等しい。
だからこそ現実世界に今まで以上のセレンディピティを求める必要があるのではないかとわたしは思います。
そんなセレンディピティを現実になるべくローコストで求める。
これが斜めのつながりの育む場の力ではないかなと個人的には思います。
斜めのつながりを育む場とは
では斜めのつながり、具体的にはどのような場で育まれるのかというと、それがいわゆるコミュニティだと思うんです。
地域のコミュニティカフェとか、コワーキングスペースとか、様々な地域活動拠点とか。
そういう場に子どもが行く、親が行く、そしてそこで斜めのつながりを育んでいく、発見していく。
それが非常に大切なことなのではないのかなと。
そんな場所に出向いて、困ったときはこの人に話し聞いてみようというつながりを作る。それが大事なのではないのかなと思います。
オンラインをも活用しさらにつながる
もちろんそんな場でいくらつながりを作れたとしても、いざというとき話せなければ意味がありません。
でもそういうときにはオンラインを使えばいい。
オンラインの場で続きが話せる。そんな姿勢がみんなに必要になると思っています。
子どもがデジタルに触れてその可能性を最大限に生かすためにも、親もデジタルというものをある程度ちゃんと使っていろんなことができる・誰かとつながれる、そんな必要があるのではないのかなと思います。
そこから先に、例えばプログラミングであったり電子工作であったりゲームであったり、 自分自身が入り込めそうにないなという話題は自分の知り合いにつなげる。
時にはインターネット越しでもつなげてみるとか、そういうようなことができるようになればいいのではないのかなとわたしは思います。
「子育ては街でやっていく」とは言うが
よく子育てコミュニティの方がおっしゃっている言葉で、「子育ては街でやっていく」というものがあります。
これについてはどのような子育て支援団体に行っても、もちろん単語の内容は変わりますが、ほとんど同じ趣旨のことを皆さんおっしゃっています。
実際、子育てというのを個々でやっていくというのは非常に難しいことにもなりますし、ノウハウを共有するという意味でも、街でやっていく方が効率がいいと感じるところはとてもあると思いますし、自分もそう思います。
ただ、実際そこでいう「街」というのが非常に小さいもので、親の行動範囲で話しかけるような相手だけに限定されてしまうというケースは多い。
子どもがいない人たちであったり、結婚をしていない人たちであったり、いつも行かないお店の人であったり、全く知らない趣味を持っている人であったり、そういうような人はその人たちの言う「街」に入っていない。
ただ、そういうようなものは街とは言わないと自分は思います。
いろんな人が入っていて、全く自分の知らない人も入れて、それが初めて街と言えるものだと思います。
そういうような人に気軽に出会う場を作る。それが斜めのつながりの場であると思いますし、そのような斜めのつながりをさらに強くする場としてインターネットって使えるのではないのかなと思っています。
リアルな場もインターネットも、両方を使って作る真の「斜めのつながり」
子どもの成長限界をさらに上げていくために、子どもも親もデジタルというものをちゃんと使える必要があるのではないか。
子どもはもちろん、言わなくても機会があればデジタルというものをどんどん使っていきます。 だからこそ親ですね。
親がデジタルを使う、インターネットを使う。
苦手だから…ではなくて、ある程度でもいいので使えるようになって、その先こういう人に頼ればいいんだなというつながりを作っていけばいい。
そうすることで真に街でやっていく子育てというものが実現できるのではないのかなとわたしは考えています。
というところで今回の子どもとデジタルアドベントカレンダーの記事、「子どもの成長限界は親で決まるのか」という題材についての記事はこれにて締めとさせていただければと思います。