高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

教室から地域の風景まで、学びをつなぐ一週間 - ちえラジChat9月第四週まとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

takamichie.notion.site

今週は、プログラミングの授業から始まり、子どもの遊び場、地域との関わり、AIとの付き合い方、そして地名の由来まで、いろいろな話をしました。話題は幅広いですが、どれも「その場で得た体験を、次にどうつなげるか」を考える一週間だったように思います。配信を振り返りながら、私自身が気になったことを改めて書いてみます。

月曜日:プログラミングの授業1日目を終えて

Scratchの授業を終え、今年も生徒の皆さんがプログラミングにどう出会っていくのか、手探りの一日でした。

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9月10日、緑園学園で今年のプログラミング授業の初日を担当しました。学年をまたいで集まる授業なので、生徒さん同士もまだ緊張しているように見えます。楽しめているのか、戸惑っているのか、この段階では私にもまだ判断がつきません。ただ、思い返せば毎年、最初の日はこんな空気だったようにも思います。

授業では例年どおりScratchでFizzBuzzを作りました。数字を順番に調べ、3の倍数ならFizz、5の倍数ならBuzz、15の倍数ならFizzBuzzと表示する課題です。順次・判断・繰り返しを一度に扱えるうえ、判定の順番によって結果が変わることも試せます。言われたとおりに並べるだけでは動かないところが、考えるきっかけになります。

作業に詰まった生徒への対応を先生がしている間には、あらかじめ作ったリストを使う方法など、別のFizzBuzzの作り方も紹介しました。同じ結果でも実現方法は一つではなく、状況に合わせて選べることを伝えたかったからです。この話がどこまで届いたかは、これから確かめたいところです。

最近は地域でもプログラミングの話をする機会が増え、年に一度だけ授業に戻ってくる感覚が少し薄れました。今後は子どもだけでなく大人にもScratchを体験してもらえる場を増やしたいです。親子で家に帰ってからも一緒に試せるようになれば、授業の先にある楽しさにもつながると思います。

  • 実施されたプログラミング授業の初日の内容について話題として取り上げました。
  • 学校におけるプログラミング教育の開始とその経過について振り返りました。
  • 次回予定しているプログラミング教育の深化テーマへの導入・告知を行いました。

火曜日:大事なのは家で何ができるか

学校の授業で「面白い」と思ったことを、家でも続けられる環境が必要だと感じています。

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月曜日の授業の話から、学校でのプログラミング教育について調べたことを話しました。小学校の各教科や中学校の技術分野で扱う機会は増えているようです。

しかし、横浜市内の状況などを見ると、ロボットや「MESH」といったハードウェアを活用したプログラミングが多いことに、私は少しばかり懸念を抱いています。形あるものを動かす体験は素晴らしいものの、JavaScriptやPythonといったソフトウェア系のプログラミング環境が学校で十分に提供されているのかが気になってしまうのです。

授業で興味を持っても、ハードウェアプログラミングしかやらないのであれば自宅では続きができません。JavaScriptやPythonのようなソフトウェアを使う学びが、実際の授業でどの程度できているのか、私はもっと知りたいと思いました。

学校から端末を持ち帰れる今、その端末で何かを作り続けられることには大きな意味があります。プログラミングは最初に考え方をつかむまで時間がかかりますが、その後は自分で作りながら学べる部分も大きいと感じています。授業時間だけでそこまで到達するのは難しいでしょう。だからこそ、家や地域で気軽に試せる環境が気になります。

CoderDojoのような子ども向けのプログラミングクラブもまだまだ数が足りず、地域格差も大きいのが現状です。学校の授業時間だけでは到底足りないプログラミング学習の時間を、学外でどう補完し、子どもたちが自然に力をつけられる環境をどう構築していくか。これは、私たち大人社会全体で取り組むべき大きな課題であると、私は改めて強く実感しています。

  • AIを活用して学校でのプログラミング授業の最新動向を調べました。
  • 横浜市等でロボットやMESHなどのハードウェア教材が多い一方、ソフトウェア環境が少ない現状を確認しました。
  • GIGAスクール構想でパソコンを持ち帰っても、自宅でプログラミング学習が再現できない課題を懸念しました。

水曜日:どんぐりの森の取材から考えた、遊びを支える大人の役割

子どもが自由に遊べる場を支える工夫と、屋内の遊びにも目を向ける必要を考えました。

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「まちのえんがわキャスト」第10回でお話を伺った、四街道プレーパークどんぐりの森の加藤さん、中島さんとの回を振り返りました。森の遊び場に加え、おもちゃを載せたプレーカーで市内の各地に出向いている活動です。子どもが自由に遊べる場を、場所を変えながらつくっているところが印象に残りました。

プレーパークの話では、遊びから学びにつながるリスクと、学びにつながりにくい危険であるハザードを分けて考えることが心に残りました。危険をただ一律に取り除くのではなく、子どもの自由と安全の両方を見ながら場を整える。大人も楽しみながら関わっている様子を聞き、実際の遊び場も見てみたいと思いました。

図書館などでの屋内プレーパークの話からは、デジタルゲームの遊び方にも考えが及びました。ゲーム機で遊ぶ子どもたちに対して肯定も否定もしない「自由」なスタンスが語られましたが、私自身、山手縁乃庭で子どもたちの遊びを見守る中で、屋内遊びには大人の適切な介入が必要な場面があると感じているからです。大人が多様な屋内遊びを理解し、屋内遊びに向けた「プレーリーダー」的な役割を果たすことが、これからの遊び場づくりには求められているのではないでしょうか。

取材そのものにも反省が残りました。お二人の緊張をもう少しほぐせたかもしれませんし、一台のスマートフォンを共有しての収録では声を拾いにくい場面もありました。事前に思い描いた答えへ誘導せず、その人自身の言葉を聞き出すことと、収録しやすい環境を整えること。どちらも次のインタビューで磨いていきたいです。

  • 「四街道プレーパークどんぐりの森」(加藤さん・中島さん)のインタビュー回を振り返りました。
  • 遊び場における「ハザード(不要な危険の排除)」と「リスク(学びにつながる挑戦)」の管理思想を考察しました。
  • 「山手縁乃庭」の経験から、屋内遊びやデジタルゲーム(Switch等)における大人のサポートの必要性を提示しました。

木曜日:「自分たちごと」という言葉の真意

自分には経験できない誰かの困りごとも、共に暮らす社会のこととして考えられるのかもしれません。

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以前のSBCast.で横浜コミュニティデザイン・ラボの方が話した「自分たちごと」という言葉を、久しぶりに思い出しました。当時の私は、その言葉を十分に受け止められていなかった気がします。山手縁乃庭で子どもたちと関わるようになって、ようやく少し意味が見えてきました。

山手縁乃庭の街のお茶の間 子どものフリースペースで関わる子どもたち。彼らは私にとって縁乃庭を一歩出れば赤の他人であり、住んでいる場所も日常的に会いに行ける距離ではありません。しかし、それでも彼らの将来や、彼らが生きる社会が息苦しいものになってほしくないという強い願いを、私は確かに抱いていることに気がつきました。

私は「自分ごとにする」という言い方には、以前から少し引っかかりがありました。他人の痛みや仕事の難しさを、経験していない私が完全に理解することはできません。想像することはできても、相手そのものにはなれないからです。

それでも、誰かが困っていると知ったときに、自分たちのいる場所をどう変えられるかは考えられます。そんな関わりが少しずつつながれば、いろいろな人が過ごしやすくなるのではないでしょうか。あのとき聞いた「自分たちごと」という言葉を、私は今、そういう意味として受け取っています。

  • 約7年前の「SBCast.#5」で横浜コミュニティデザイン・ラボから聞いた「自分たちごと」という言葉をテーマに語りました。
  • 「山手縁乃庭」で関わる子どもたちに対し、赤の他人であっても将来を気にかける感情が「自分たちごと」だと実感しました。
  • 隣接する誰かの困りごとに配慮する「自分たちごと」の意識が、居心地の良い社会を作るとの考察を語りました。

金曜日:AIに任せる余白をつくる

新しい技術に出会うため、自分の知っている手法を指定しすぎないようにしています。

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最近は、おんぷ村のサイト改修やプログラミングでAIをよく使っています。デザインやテンプレート、コードを考えてもらう中で、私が知らなかったCSSの書き方に出会うことがありました。Web記事で見かけただけの新しい機能も、実際のレイアウトに使われると「こう使えるのか」と驚きます。

そこで思い浮かんだのが「下手の考え休むに似たり」という言葉です。この場合の「下手」は私自身のこと。自分が慣れた技術を細かく指定すると、もっと適した方法があっても、AIはその指定に従ってしまいます。私の知識がAIの選択肢を狭めていたのかもしれません。

最近は、まず作りたいものや達成したいことを伝え、実現方法には余白を残す方がうまくいくと感じています。特にウェブデザインやプログラミングのように手法が更新され続ける分野では、自分の知らない案を見せてもらえるのが面白いところです。

もちろん、必ず守ってほしい条件は伝える必要があります。プログラムなら、必要な動作をテストで確かめる方法もあります。何を実現したいかは私が決め、そのための手法にはAIからの提案を受け入れる。このバランスを、実際に作りながら探していきたいです。

  • AIにプログラミングや作業を行わせる際の指示出しの塩梅(加減)について考察を述べました。
  • 主語や目的、絶対に逃してはいけない最小限の要望・制約のみを指定する重要性を解説しました。
  • AIに自由にやらせることが、結果として良い方向に転ぶことが多いという実感を語りました。

土曜日:地域の名前から見えた土地の歴史

同じ地名にも別々の由来があると知り、次は地域の風景にも目を向けたくなりました。

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今月の「地域系ポッドキャストの日」では、「地域の名前」をテーマに、社労士さだきちさん、「えぇかげんラヂヲ」のお二方、ピョン吉さんに参加していただきました。皆さんの話を聞いて、地名にはそれぞれの土地の特徴や歴史が映っているのだと改めて感じました。

私も同じ名前の地域について調べましたが、有名な地名を別の土地が借りてつけたとは限らないようです。池袋のような名前でも、それぞれの場所に由来があり、結果として同じ名前になった例があると知りました。富士見町のように、土地の見え方から似た名前になることもあるのでしょう。

地名には、過去の災害の記憶や、その土地の特性など、歴史が色濃く反映されていることを再認識しました。「えぇかげんラヂヲ」の方々も語られていたように、地名は単なる記号ではなく、その地域を知るための重要な手がかりなのです。普段何気なく使っている地域の名前を少し気にして調べてみるだけで、そこには想像以上の価値や発見が眠っているのだと、私は強く感じました。

次回のテーマは「地域の風景」にしたいと思っています。横浜の景色についても話したいですし、普代村で見てきた風景にも触れたいです。名前を入口に土地の背景を知った今度は、目に映るものから地域を考えてみたいと思います。

  • 「地域系ポッドキャストの日」9月まとめとして、社労士さだきちさん、えぇかげんラヂヲ、ピョン吉さんの3団体と交流しました。
  • 他地域の名称を参照した例は少なく、東京と横浜にある池袋や青森県横浜町と横浜市などのように偶然の一致が多い事実をAI解析も交えて知りました。
  • 次回10月のテーマを「地域の風景」に決定し、横浜市や岩手県普代村の景観について語る計画を発表しました。

まとめ

今週の話を並べると、授業で興味を持った後の学び、遊びを支える大人、他人の未来への関心など、目の前の出来事をその先へつなぐ問いが多かったと感じます。AIに新しい方法を提案してもらうことも、地名の背景を調べることも、私がすでに知っている範囲を少し広げる体験でした。これからも現場で見聞きしたことを持ち帰り、次の行動につなげていきたいです。

  1. プログラミング教育の課題: 学校教育におけるハードウェア偏重の現状を指摘し、家庭での学習継続性を確保するために、汎用的なソフトウェアプログラミング環境の重要性を強調している。
  2. 地域コミュニティと遊びの質: プレイパークにおける「リスク」と「ハザード」の管理概念を整理し、屋外のみならず屋内(デジタルゲーム)における「プレイリーダー(支援者)」の必要性を提言している。また、個人を超えた「自分たちごと」という視点が、持続可能な社会形成の鍵であると論じている。
  3. AI活用の最適化: 技術革新の速い分野において、人間が細部を指示しすぎることでかえって品質が低下するリスクを指摘。「下手の考え休むに似たり」の精神で、AIに一定の裁量を与える「目的主導型」の指示が有効であるとしている。

AIまとめ考

今回も先週と同じように、ChatGPTの内容を中心に、一部Geminiの文章を使って書き換えています。

ここ最近はウェブサイトの文章づくりにもChatGPTをフル活用しています。ここ最近は最新モデルの登場もあり、自分には表現できなかった内容が多くなっているなと感じます。AIの進歩というのはすさまじいですね。

だからこそ、それに負けないソースとしてのちえラジChatも充実させていきたいなと思いました。

自然の中で「やりたい」を形に。四街道プレーパークどんぐりの森の活動

まちのえんがわキャスト 四街道プレーパークどんぐりの森 アイキャッチ

今回のまちのえんがわキャストは、千葉県四街道市で活動されている「NPO法人四街道プレーパークどんぐりの森」の加藤さんと中島さんをお迎えしました。

里山を拠点に、子どもたちが自由に遊べる場づくりを20年以上続けていらっしゃいます。

「自分の責任で自由に遊ぶ」というプレーパークの考え方。 自然の中で、普段はできないようなことに挑戦できる場所なのだなと感じました。

エピソードの詳細は、こちらからお聴きいただけます。

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どんぐりの森の活動内容

2002年に立ち上がったこの活動は、子どもたちが自然に触れ合う機会が減っていることへの懸念から始まったそうです。

今では0歳から大人まで、誰でも集まれる場所になっています。

里山を軸にした様々な外遊びの「場」を提供しています。

それだけでなく、中高生向けの「ぷらっと」という取り組みも行っています。

毎週金曜日に食事を出しながら、親や先生ではない大人と何気ない会話ができる場を作っているとのこと。

多感な時期に、ふらっと立ち寄れる居場所があるのはとても素敵なことだなと思いました。

リスクとハザードの考え方

外遊びには怪我がつきものですが、そこには深い考えがありました。

「小さな怪我を繰り返すことで、大きな怪我をしないようになる」というお話です。

大人が先回りして「危ない」と決めるのではなく、子どもたちの主体性を尊重して見守る。

もちろん、釘やガラス片といった予測できない危険(ハザード)は丁寧に取り除いているそうです。

スタッフの方々が定期的に研修を行い、判断基準を共有されている姿勢に、活動への誠実さを感じました。

地域に広がる遊びの輪

拠点の里山だけでなく、「プレーカー」という車におもちゃを載せて、市内の公園へ出張もされています。

また、図書館での室内プレーパークなど、初めての人でも入りやすい工夫もされているようです。

「まずは一度、近くのプレーパークに足を運んでみてほしい」と加藤さんと中島さんはおっしゃっていました。

子どもが木登りに成功したときの喜びを、大人も一緒に心底喜べる。 そんな温かな繋がりが、プレーパークには流れているのかなと感じています。

関連情報

活動の詳細は、以下の公式サイトや動画からもご覧いただけます。

自然の中でやりたいことをやる。 そんなシンプルな、でも大切な時間を守り続けている活動を、これからも応援していければいいなと思っています。

ちえラジChat9月第三週振り返り:技術と地域、そして思い出を記録する一週間

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

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今週は、地域の居場所をどう続けていくかという話から、技術との向き合い方、取材を続ける理由、写真が持つ力、地名の由来まで、さまざまな話をしました。土曜日には、クリアした『デイヴ・ザ・ダイバー IN THE JUNGLE』についても振り返っています。

こうして並べてみると、自分が普段見ているものの奥に、どんな暮らしや考え方があるのかを考える一週間だったように思います。地域での活動も、技術を使うことも、ゲームで遊ぶことも、それぞれの経験が別の場面での気づきにつながっていると感じました。

月曜日:お金にできること、お金にすべきでないこと

地域の居場所を続けるために、収益と自由さをどう両立するかを考えました。

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私が関わっている山手縁乃庭では、曜日ごとにさまざまな活動が行われています。私が担当する「街のお茶の間子どものフリースペース」のほか、高齢者の福祉に関わる活動や、中高生のための場などもあります。これから場所を移して活動を再開するにあたり、活動するタイミングが変わり、維持費もかかるようになります。自分もこの場所を使わせてもらっている一人として、どう支えられるかを考えるようになりました。

活動を中心になって支えている方を見ていると、お金になる部分を活用しながら、お金にならない活動も守っているのだと感じます。私が関わる子どものフリースペースも、簡単に収益に結びつけられるものではないと思っています。「学童には行きたくないけれど、縁乃庭なら行きたい」という子がいるという話も聞きました。私自身が学童の現場を見たわけではありませんが、子どもによって居心地よく過ごせる場所は違うのだろうと思います。

お金を受け取る仕組みにすることで、求められることや運営上の制約が増え、今の自由なあり方が変わってしまう可能性もあります。地域のコミュニティには、お金にできること、お金にはしにくいけれど大切なこと、そしてお金にすることで良さが失われかねないことが混ざっています。収益が出ていないから価値が低い、とは言えないところが難しいのだと感じます。

だからこそ、別のところで稼げばそれでよいと切り離すだけではなく、縁乃庭という場所全体でどうお金を回していくのかも考えたいです。まだ具体的な答えがあるわけではありませんが、それぞれの活動の良さを保ちながら続けられる形を探す必要があると思っています。オーナーとは少し離れた立場でも、自分にできることを見つけて関わっていきたいです。

  • 活動状況と収益化の課題
    • 「山手縁乃庭」では曜日ごとに高齢者福祉や中高生支援など多様な活動が展開中。
    • 近々、場所をわずかに移動しての活動再開が予定されており、維持費負担の増大に伴う収益化が急務となっている。
    • 運営の知恵: オーナーが「お金になる活動」を戦略的に活用することで、「お金にならない(しかし価値ある)活動」を保護している実態を評価。
  • 「学童」と「縁乃庭」の比較から見る価値
    • 学童: 有償ゆえに管理やカリキュラムの制約が強く、子どもにとって「第二の学校」のような息苦しさを生む側面がある。
    • 縁乃庭: 収益化しにくい「自由な遊び場」だからこそ制約がなく、学童を敬遠する子どもの重要な居場所(サードプレイス)として機能している。
    • 結論: 外部で稼ぐだけでなく、この場所独自の経済圏をいかに回し、経済と居心地の良さを両立させるかが今後の鍵となる。

火曜日:技術知識か、技術リテラシーか

AIの助けを借りられる今、自分と違う技術理解を持つ人を想像する力が、ますます大切だと感じています。

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以前、コミュニティスペースで「技術知識」と「技術リテラシー」について話したことがありました。今回、私は技術知識を、プログラミングやコンピューターの動き方についての知識という意味で使っています。一方、技術リテラシーは、技術に詳しい人とそうでない人の考え方を想像するための経験や感覚として捉えています。一般的な定義というより、私なりの言葉の分け方です。

プログラムを作るうえで技術知識が大切なことは変わりません。ただ、今は自分だけですべてを書けなくても、ある程度の見通しを持ってAIに指示したり、出てきたコードを確認したりすることで、できることが増えています。私自身も「このあたりをこうすれば動きそうだ」と考えながら、AIの助けを借りられると感じています。知識を補う手段が増えたぶん、別の力の重要性が見えてきたように思います。

その一つが、さまざまな人の技術の捉え方を知ることです。「この説明では伝わらないんだ」「同じ機能をこんなふうに受け取る人もいるんだ」と、人と話す中で少しずつわかってくることがあります。こうした感覚は、一朝一夕に身につくものではありません。いろいろな人と関わってきた経験が必要になるからこそ、得がたいものなのだと思います。

ソフトウェアを設計するときも、自分と同じ知識を持つ人ばかりを想定していると、使いづらさにつながってしまいます。逆に、初心者を意識するあまり、その中にいる技術に詳しい人の使い方を想像できなくなることもありそうです。相手が何を理解できて、どこで戸惑うのかを考えること。そのための技術リテラシーを、私自身も大切にしていきたいと思っています。

| 名称 | 定義・特徴 | | --- | --- | | 技術知識 | コンピューターの動作特性やプログラミング、コンピューターサイエンスに関する具体的知識。 | | 技術リテラシー | 異なる技術レベルにある他者の思考をシミュレートし、捉え方の差異を理解して誤解を避ける経験的感覚。 | - AI時代における後者の重要性 - 現代では「技術知識」そのものが不足していても、AIで「下駄を履かせる」ことで知識の補完やコードの生成・補助が可能となっている。 - 一方で、テクノロジースキル保持者が全人口の約8%に留まる現状において、層の異なる人々への想像力を働かせる「技術リテラシー」はAIによる代替が難しく、一朝一夕には身につかない希少な価値となっている。

水曜日:まちのえんがわキャストを続ける理由

地域の活動を聞くことは、私にとって、知らなかった考え方やつながりに出会う楽しみになっています。

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2019年7月に始めたSBCast.から数えると、地域の活動を取材する取り組みを約7年続けてきました。まちのえんがわキャストになってからは、自分一人で進めることが増え、番組の形やお呼びする方にも変化があります。それでも、いろいろな人がさまざまな活動をしている、その姿を伝えたいという気持ちは変わっていません。

続けている理由を考えると、やっぱり、いろいろな場所の活動や考え方を知ることが楽しいからなのだと思います。取材を重ねると、地域が違っても共通する課題がある一方で、転勤してきた人の多さや車での移動が中心の暮らしなど、その土地ならではの事情も見えてきます。似た活動でも背景によって形が少しずつ違い、地域のことが立体的に見えてくる感覚があります。

横浜にいながら各地の話を聞けることも大きいですが、最近は近場であれば実際に訪ねることもしています。足を運ぶと、放送で話した内容以外にも気づくことがあり、これまで接点のなかった人とのつながりも生まれます。ゲストの方にとっても、取材を受けることが何か新しい発見につながっていたらうれしいです。実際に何を持ち帰っていただけたかはわからないものの、そんな可能性を期待しています。

これからも、声による発信を続けられる限り、形を変えながらでもこの活動を大切に育てていきたいです。目指せ100回という目標を掲げ、今後もワクワクするような地域の物語を皆さんにお届けしていきたいと強く思いました。

  • 継続の理由と地域分析
    • 前身の「SBCast.」から数えて2019年7月より約7年間継続。
    • 地域の特色: 転勤族家庭の特徴や車社会の影響など、移動と取材を通じることで各地域の姿を立体的に把握できる。
    • 普遍的課題: 地域が異なっても共通して存在する課題(キーワード)を発見できることが継続の動機となっている。
  • 取材が創出する繋がり
    • 単なる広報に留まらず、取材を通じて未知の領域とのネットワークが構築される。
    • ゲスト自身の活動に対する新しい発見や、3桁回(100回)配信を目指す過程での継続的な繋がりを重視している。

木曜日:写真が記憶を呼び戻してくれる

写真やスクリーンショットには、そのときの気持ちや出来事を思い出すきっかけが残っていると感じます。

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最近、写真を撮っておくことの意味を改めて考えています。私が大きいと感じるのは、画質の良し悪し以上に、その瞬間を写したものが残っていることです。風景やイベントの熱量、誰と会ったか、何を食べたかといったことを思い出すための「キーデータ」として、写真には力があるのだと思います。

例えば、大きなイベントに参加した日の夜に食べたものは、時間がたつと忘れてしまいそうです。イベント自体の記憶が強くて、その周りの出来事は薄れてしまうからです。それでも写真があれば、「あのとき、これを食べたんだった」と思い出せることがあります。大きな出来事だけでは残りにくい、一日の細かな部分も記録できるのが面白いところです。

昔の写真を自分から見返す機会は多くなくても、ふとした瞬間にスマートディスプレイやクラウドサービスが提示してくる過去の写真を見ると、懐かしい写真が出てくると、忘れていた出来事を思い出します。「そういえば、最近はこれをやっていないな」と、今の自分の暮らしに目を向けるきっかけにもなります。

そして、この役割は現実の風景を撮った写真に限らないと思います。オンラインイベントやゲームのスクリーンショットにも、そのときの体験を呼び戻す力があります。clusterのようなVR空間なら、その場所の風景も一緒に残せます。私自身も最近、ゲームやオンラインでの活動中に意識してスクリーンショットを撮るようになりました。これからも、現実とデジタルの垣根を越えて、かけがえのない瞬間を積極的に記録し、未来の自分へ大切な記憶を届けていきたいと思っています。

  • 「キーデータ」としての写真
    • 画質や加工の有無ではなく、その瞬間を固定している事実自体に価値がある。
    • 10年後の記憶を呼び起こすためのトリガー(キーデータ)となり、当時食べたものやイベントの熱量を鮮明に再生させる。
  • VR空間の記録的優位性
    • Zoom等のオンラインイベントは背景情報が画一的になりがちだが、cluster等のVR空間にはCGであっても固有の「背景情報(景観)」が存在する。
    • この空間的な広がりが記憶のフックとなるため、通常のビデオ会議のスクリーンショットよりも当時の体験を呼び起こす力が格段に強い。

金曜日:横浜の「池袋」から地名を調べてみる

見慣れた地名の疑問をAIに尋ねてみると、予想していたものとは違う発見がありました。

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地域系ポッドキャストの日に合わせて、今回は地域の名前について話しました。横浜には「池袋」をはじめ、東京と同じ名前の地名がいくつもあります。以前から気になっていたので、AIにも質問しながらリストをまとめてみました。調べる中で、横浜にそんな地名があったのかと思うこともあれば、逆に東京にもその名前があるのかと驚くこともありました。

私が期待していたのは、東京の地名にちなんで横浜でも名前がついた、といった都市同士のつながりでした。ところが、確認した範囲では、思ったより直接の関係が見つからず、それぞれ別の由来を持つものが多そうでした。すべての出典を追い切れたわけではありませんが、同じ名前だからといって同じ歴史を持っているわけではないことが、今回の面白い発見でした。

もう一つ印象に残ったのは、地域のことを調べる入口として、AIが使いやすくなったと感じたことです。以前は、説明文がもっともらしくても、参照先が合っていなかったり、リンクが開かなかったりすることがありました。今回は横浜市の公式資料や東京の資料館の資料などが示され、一部を実際に確認できました。根拠をたどる手がかりが得やすくなったことに、変化を感じています。

もちろん、PDFの中の該当箇所まですべて確認したわけではなく、今回の結果だけで由来を断定するつもりはありません。それでも、普段少し気になっていることを質問してみると、自分だけでは思いつかなかった調べ方や情報に出会えます。今回も予想とは違う結果でしたが、それを含めて楽しめました。他の土地でも似た地名を探してみたら、また違う発見がありそうです。

  • 地名調査の結果
    • 横浜に存在する「池袋」などの地名を調査した結果、その多くは「偶然の一致」であった。
    • お互いの土地が交流を持つ以前の古い時代から、地形等に基づき独立して命名・発展してきた歴史的背景が浮き彫りになった。
  • AI調査精度の劇的な変化
    • 1年前は参照先がNot Foundであることも多かったが、現在は横浜市の公式資料等に適切にアクセスし、PDF資料から根拠となる文章を特定する能力が向上。
    • 情報の信憑性が増し、地域調査の起点として実用的なレベルに達しているとの所感。

土曜日(高見知英のゲームの話しかしないポッドキャスト):ゲームの村に感じた、今の地域の暮らし

『デイヴ・ザ・ダイバー IN THE JUNGLE』で、冒険と店の運営、そして村の人たちとの関わりを楽しみました。

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今回は、クリアした有料ダウンロードコンテンツ『IN THE JUNGLE』について話しました。デイヴたちが湖のある村へ向かい、現地でしばらく暮らしながら冒険する内容です。私の場合、クリアするころにはゲーム内で1か月ほどが過ぎていて、思っていた以上に長く楽しめました。現地では焼き魚料理を中心とした「バンチョグリル」を開き、魚を捕まえて料理を出すというおなじみの流れも、違った雰囲気で味わえました。

湖に潜る冒険に加えて、森ではターン制RPGの形式で探索するのが面白かったです。仲間と野生動物に立ち向かったり、遺跡の謎を解いたりしながら、店で使える食材も集められます。村の中でも採集、釣り、道具の強化、家具作りなど、できることがたくさんありました。移動中にも時間が進むので、一日の中で何をするか考える必要があり、その忙しさも楽しさの一つでした。

店を手伝ってくれる人たちとの出会い方も印象に残っています。今回はイベントを通して知り合った人が、事情があって店を手伝ってくれるという形になっています。料理や配膳だけでなく、つまみ食いに来る猿を追い払うなど、個性的な役割を持つ人もいました。採集を頼む人たちも村の中にいて話しかけられるので、仕事をお願いする相手が、そこで暮らしている人として感じられたのがよかったです。

特に好きだったのは、この村が「2026年の村」として描かれていると感じたところです。離れた場所にある村の空気を残しながら、人々の話すことには現代らしさがあります。岩手県普代村で過ごしたときも、子どもたちは新しいゲームで遊び、都会と変わらない話題を話していました。その経験と重なって、田舎の暮らしをよく見ている作品だなと思いました。冒険の面白さに加えて、人々の暮らしが身近に感じられる、好きな体験になりました。

  • ゲーム内容と特徴
    • ジャングルの村を拠点とした10時間以上の長期滞在型冒険。ターン制RPG形式の探索と、現地の魚や肉を使った 「バンチョグリル」 の運営が主軸。
    • 寄生虫の問題から「寿司」ではなく「焼き魚」や「ゼリー」を提供するといった細かな設定や、サブイベント経由でのスタッフ雇用など、本編とは異なる独自のシステムを評価。
  • 「田舎の解像度」に対する評価
    • 本作で描かれる「辺境の村」は、人里離れていながらも住民の話題が極めて現代的である。
    • これは高見氏が岩手県普代村での活動中に経験した「村の子どもも最新のゲームを遊び、都会と同じ話題を共有している」という実像と合致しており、2026年現在のリアリティを正確に捉えた解像度の高い描写であると結論付けた。

まとめ

活動の収益だけでは見えない居場所の価値や、技術知識だけではわからない人の感覚など、表面からはつかみにくいものについて考えていたように思います。取材で話を聞くことも、写真を残すことも、地名を調べることも、そうしたものに気づくための手がかりになっています。

ゲームの中の村を見て、普代村での体験を思い出したことも印象に残りました。地域活動とゲームのように、一見離れている経験も、自分の中ではつながっています。これからも、身近な疑問を調べたり、人の話を聞いたりしながら、そこで感じたことを声や文章で残していきたいと思います。

  • コミュニティ論: お金を介在させないことで守られる「居心地の良さ」と、それを維持するために「別の場所で稼ぐ」オーナーの二段構えの戦略が、場所の継続には不可欠である。
  • 技術論: AIによって知識に 「下駄を履かせる」 ことが容易になったからこそ、人間固有の「異なる層への理解力(技術リテラシー)」が、ソフトウェア設計等の高次な領域で決定的な価値を持つ。
  • メディア・アーカイブ論: 記録は画質よりも「背景情報(景観)」が重要である。空間的な情報を含むVRの記録は、平面的なZoom等の記録よりも体験の再現性が高い。
  • 地域論: 現代の地方は情報化から切り離されておらず、都市部と同じ情報を共有している。外部からの「ステレオタイプな田舎像」を排し、解像度の高い現実を捉える必要がある。

AIまとめ考

今回は基本的にはChatGPTの文章を。今回のGeminiの文章はちょっと大げさに文章が書かれているところが多かったのかなという感じがします。まあそれがいつもの「Gemini節」ではあるのですが。

ただ、ChatGPTだけでいいかというと、そういうわけでもなく。一部の文章はやはり違和感を感じたのでGeminiのものに差し替えています。なかなかこれは「こちらだけでいい」というわけにはいきませんね。

地方移住、プログラミング教育、そして知識格差について考える1週間 - ちえラジChat9月第二週まとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

takamichie.notion.site

振り返ると、どの話にも、自分がやりたいことを続けるために、周囲とのつながりや日常の環境をどう整えるかという問いがありました。地域に知り合いをつくることも、足りない道具を自分でつくることも、好きなものに触れる時間を確保することも、今の自分にとって考えておきたいテーマです。

月曜日:岩手への関心と、まずは地域に友達をつくること

ご挨拶のつもりで参加したイベントが、暮らす場所と人とのつながりを考える機会になりました。

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8月30日に東京の交通会館で開催された「THE いわて DAY」に参加しました。岩手の自治体や企業が集まる移住促進のイベントで、最初は普代村で関わった方々へのご挨拶ができれば、という気持ちでした。ところが、宮古市や久慈市、盛岡市、以前視察した紫波町などのブースを回るうちに、改めて面白そうな地域がいろいろあると感じました。企業の方とのお話も新鮮で、以前関わっていた分野の変化や、逆に変わっていない部分を知ることができました。就職するかどうかに関係なく、大人になってから企業を見て回るのも面白いものです。

お話を聞くうちに、岩手への移住も選択肢としてありかもしれないと思いました。横浜ではいろいろなコミュニティに関わっていますが、活動の手応えがつかみにくいと感じることもあります。以前、横浜でテクノロジーのイベントを開きたいと考えた際に、東京に来ればいいと言われたこともありました。東京に近い便利さがある一方で、地元で何かをする意味が伝わりにくいこともあるのだと思います。最近は街のお店を見て回る機会も減り、買い物には通販も使うので、都会の近くに暮らす必要性についても考えるようになりました。

ただ、今すぐ移住に向けて動こうとは考えていません。色々な方とお話しして改めて痛感したのは、いきなり移住するのではなく「まずはローカルに友達を作ることが一番大事だ」ということです。まちのえんがわキャストに出演いただいたローカルナイトニッポンの湯浅さんとも、そうしたお話をしました。普代村で過ごしたときや、横浜の弘明寺で一人暮らしをしていたときにも、気軽に話せる人が近くにいない状態は、自分にとって思った以上にしんどいと感じました。住む場所を選ぶうえで、人とのつながりは後回しにできないのだと思います。

そもそも、自分が知っている岩手は普代村の周辺が中心です。まずはほかの地域について知るところから始めたいと思います。まちのえんがわキャストで岩手の方を取材したり、ポッドキャストを通じてつながったりすることが、最初の一歩になりそうです。気になる場所があっても、すぐに見に行ける距離ではありません。ある程度まとまった期間滞在し、何度か足を運びながら、気長に自分と地域との関わり方を探していきたいです。

  • 大人になってから改めて異なる企業や団体を観察することの、純粋な知的好奇心を満たす面白さ。
  • 横浜という「中途半端な都会」におけるテクノロジー活動への手応えのなさと、地方への視点の変化。
  • 「ローカルナイトニッポン」湯浅氏の言葉を借り、移住の前提としてまず「友達」を作る重要性の再認識。

火曜日:日常の不便から生まれる、プログラミングのアイディア

自分の作業に足りないものを見つけると、小さなツールをつくるきっかけになります。

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ここ最近、自分のための小さなプログラムをつくる機会が増えています。GitHubのリポジトリは公開していても、特に告知はしていないようなものが中心です。実際のコードづくりはAIに任せることも多いのですが、何をつくるかは日々の作業から出てきます。ポッドキャストの収録や編集、取材、カバーアートなどの関連コンテンツをつくっていると、あれが足りない、今あるツールだとここが使いづらい、という場面がいくつもあります。ちょうどよいものを探すより、つくったほうが早そうだと感じることもあります。

一方で、シニアプログラミングネットワークなどで仕事以外でプログラミングをしている方と話すと、つくるもののアイディアがあまりないという声を聞くことがあります。自分には日常の中で次々と必要なものが見えてくるので、最初は少し驚きました。ただ、これは普段から何かをつくる活動をしているからこそ、気づく不便なのかもしれません。制作の途中で手間がかかったり、道具がうまく合わなかったりする経験が、そのまま次のプログラムの題材になっているのだと思います。

2000年代ごろには、いろいろな人が必要なソフトをつくり、フリーソフトとして公開していました。窓の杜やVectorなどで紹介される、いわゆる日曜プログラマの作品に触れる機会も多くありました。その後、開発環境の複雑化や、公開に伴う責任への意識など、さまざまな事情もあったのか、そうした流れが以前より小さくなったように感じています。古いツールが残っていること自体はありがたいのですが、今の環境に合うように生まれ変わっていくことも必要です。自分が時々話している「ソフトウェアの新陳代謝」は、こうした身近な道具にも関わる話です。

今は無料で使える開発環境もあり、AIに途中までつくってもらうこともできます。つくり始める敷居が下がったからこそ、小さなツールをつくり、互いの工夫を認め合う文化がもっと広がればいいなと思います。身近な人同士で「これ、いいね」と言い合うことでも、少額の投げ銭で感謝を伝えることでもよさそうです。大きなサービスに限らず、誰かのちょっとした不便を解消するものと、それをつくった人に敬意が向けられる環境があるといいなと感じています。

  • AIを活用し、ポッドキャスト編集補助など自分専用のニッチなツールを開発している現状。
  • 日常生活の中で「不便」や「微細なニーズ」を敏感に察知し、それを形にするアイディア力の重要性。
  • 投げ銭サービス等を通じ、開発者を正当にリスペクトし、応援し合う文化が再興することへの期待。

水曜日:「できない・わからない」を話せる場所を、もっと身近に

CoderDojo小田原の取材を振り返り、試行錯誤や作品の話ができる場の大切さを考えました。

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まちのえんがわキャスト第9回では、CoderDojo小田原の山本さんにお話を伺いました。CoderDojoは子どもたちに向けたプログラミングクラブで、以前自分が見学した場所でも、Scratchで作品を発表する子や、Android Studioでプログラミングをする中学生の姿がありました。小田原では3Dプリンターや電子工作機器も取り入れているそうで、Dojoごとに特色があるのだと改めて感じました。自分には子どもがいないこともあって少し距離を置いていましたが、お話を聞いて、一度見学に行ってみたいと思いました。

特に印象に残ったのは、「できないわからないは恥じゃない」という言葉です。インタビューの間、自分は『ファイアーエムブレム エンゲージ』のリンデンの言葉を思い出していました。「失敗ではなく、この方法ではうまくいかないとわかったということは、成功じゃよ」。山手縁乃庭の子どものフリースペースで活動していても、失敗したり負けたりすることに、まだ慣れていないのだと感じる場面があります。試して、うまくいかなくて、また考えることを自然に経験できる場所は、やはり必要だと思います。

プログラミングについて気軽に話せる場があること自体も、とても大切です。自分も授業の準備にあたって近くの地域コミュニティを探したことがありますが、なかなか見つかりませんでした。全国にCoderDojoがあるといっても、身近に通える場所があるとは限りません。全国のDojoマップを見たときにも、地域による偏りを感じました。住んでいる場所によっては、CoderDojoという名前を聞く機会もないまま過ごす子どもがいるのだろうと思います。

とはいえ、保護者や関係者の持ち出しで支えられている場を、簡単に増やせばよいとは言えません。まずは普段の生活の中に、プログラミングをする子が作品を見せたり、意見を交わしたりできる場が必要なのだと思います。その先でCoderDojoを知り、オンラインで関わってみることもできるでしょう。年に一度でも、保護者と一緒に現地へ行く機会につながるかもしれません。住んでいる地域にかかわらず、子どもたちがテクノロジーのコミュニティに触れられるようになってほしいと感じています。

  • 「できない、わからないのは恥じゃない」という、失敗を成功へのプロセスとして許容する価値観の重要性。
  • 日本全国の自治体数に対し、Dojoの数は圧倒的に少なく、特に秋田県や福島県には一つも存在しないという現状。
  • 子どもたちが日常的にテクノロジーについて意見を表明し、互いに高め合える「発表の場」の必要性。

木曜日:知識のある人も困る、テクノロジーの知識差

知識を共有しないままでいると、詳しい人にも負担や活動のしづらさが返ってくると感じています。

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以前から自分は、テクノロジーの知識差が大きくなったとき、最終的には知識のある側も困ることになるのではないかと考えています。同じ場で活動していても、お互いに情報や技術を共有していないと、詳しい人に仕事が集中しがちです。「あなたはできるんだよね、じゃあお願い」と任されることが続けば、その人の負担は増えていきます。知っていることが多いからといって、その場で活動しやすくなるとは限らないのです。

道具を一緒に使えないことも、活動の難しさにつながります。SlackやDiscordを導入しても、登録しただけで意見が出てこなかったり、最低限の連絡だけにとどまったりすることがあります。その後、実際に会ったときに大切な話が出てきて、「それはオンラインで伝えてもらえればよかったのに」と思うこともあります。さらに、詳しい側が少数派だと「そう言うのはあなただけ」と受け止められ、自分にとってやりづらい方法で進めることになる。自分自身、いろいろなコミュニティでそうした経験をしてきました。

同じ地域に住んでいても、インターネットで日常的に活動する人と、ほとんど使わない人とでは、見ている情報も交流相手も違います。そのまま接点がない状態が続くと、知識だけでなく、連絡や相談の進め方についての前提まで離れてしまいます。普段はそれぞれの分野で活動できていても、人口減少や災害などをきっかけに、一緒に動く必要が生じることはあるはずです。そのとき、同じ日本語を使っているのに、一つひとつ説明し直さないと話が通じない状態になるのではないかと気になっています。

だからこそ、必要に迫られる前から、共通の言葉や認識をつくっておきたいと思います。ツールの名前を知っているだけではなく、どこで何を共有すればよいか、どうすれば互いに参加しやすいかを話せる関係が必要なのでしょう。知識を持つ人が自分の分野の中だけにいると、その隔たりは見えにくいままになってしまいます。自分も、知識や普段の活動が違う人たちがうまく混ざり合える方法を、引き続き考えていきたいです。

  • 知識格差がある集団では、知識がある側に負担が集中し、かつ意見が軽視されるという構造的課題。
  • 「テクノロジー知識を持つ人は全体のわずか8%」という統計が示す、少数派である知識層が非効率な手法に合わせざるを得ない苦悩。
    • 災害時などの有事において、共通言語(ITリテラシー等)がないことで発生する翻訳コストの増大への危惧。
  • 分断を未然に防ぐため、平時から異なる層が混ざり合い、対話を通じて「共通言語」を構築しておく重要性。

金曜日:アニメを見る時間を、日々の生活の中でどうつくるか

見られる環境は整っていても、作品に向き合う時間はなかなか増えません。

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最近は、お風呂の時間にアニメを見ることが多くなっています。自宅ではテレビの録画や視聴にnasneを使い、パソコンやスマートフォンから番組を見る形にしています。事前に設定しておけば、普代村にいるときにも神奈川のテレビを見られるような環境です。お風呂ではiPhoneを壁に取り付けたり、風呂板の上に置いたりして見ています。音が聞こえにくいときにも、字幕のある番組は内容を追いやすく、その点でも助かっています。

しかし、なぜお風呂でしか見られないのかというと、日中の大半をポッドキャストの編集や情報収集のための音声視聴に費やしているからです。常に耳を塞いで何かしらの作業をしているため、腰を据えてアニメを見る時間が物理的に取れません。YouTubeのライブ配信などを優先してしまうことも多く、テレビ番組の視聴に使える時間は限られています。

その結果、毎週ちゃんと見られているのは日曜日朝の番組(ニチアサ)の再視聴と、あと1、2番組というちょっと寂しい状況です。日曜の朝はSNSで実況しながら見てしまうので、結局後でしっかり見直すことになり、新しい番組を開拓する余裕がありません。話題になっているアニメの話を聞いても、全くついていけないことが増えてきて、少しもどかしさを感じています。

もう少しいろいろな作品を見たい気持ちはありますが、追いかけたいもの全体が多く、なかなか手が回りません。その他のコンテンツ確認をダイジェスト作成ツールなどに回すなど時間の使い方を整理しながら、お風呂以外にも番組を見る時間をつくれないかと思っています。好きなものを楽しむための時間も、日々の作業と合わせて考えていきたいです。

  • nasneとiPhoneを組み合わせ、入浴中などの隙間時間を活用した効率的なアニメ視聴スタイルの実践。
  • 最新作の追っかけだけでなく、ニチアサ作品の再視聴や配信サービスでの過去作視聴など、限られた時間の分配。
  • 膨大なコンテンツ消費に対し、ダイジェストツールの活用を検討するなど、時間確保のためのさらなる試行錯誤。

まとめ

今週のお話を振り返ると、場所や道具があることと、自分がそこで無理なく活動できることは、少し違うのだと感じます。気になる地域があっても、話せる人とのつながりが必要ですし、便利なツールがあっても、一緒に使う人との認識が合っていなければ活用しづらくなります。子どもたちがプログラミングを続けるにも、作品や試行錯誤について話せる相手がいることは大きいのでしょう。

自分に必要な小さなツールをつくること、地域の人と知り合うこと、知識の違う人と話すこと。そして、アニメを楽しむ時間を少し確保すること。すぐに大きく変えるのは難しくても、そうした一つひとつを通して、自分が活動しやすい環境を整えていきたいと思います。

  1. 地方移住の本質的課題: 移住の成否は物理的な移動よりも、現地での「人間関係(友達作り)」の構築に依存する。都市部(横浜等)におけるコミュニティの希薄さと比較し、地方(岩手等)への関心が高まっているものの、性急な移動には慎重な判断が求められる。
  2. プログラミング文化の変遷とAIの役割: 開発環境の無償化やAIの台頭により、個人レベルのツール開発(日曜プログラマー的活動)の障壁は下がっている。しかし、非職業プログラマーの間では「作るべきアイディア」の欠如が課題となっており、生活に根ざしたツールの新陳代謝を促す文化の再構築が必要である。
  3. 教育現場における失敗の重要性: CoderDojo等の活動を通じ、「できないことは恥ではない」という認識を広めることの重要性が示唆されている。一方で、教育機会の地域格差は依然として大きく、日常的にテクノロジーに触れ、意見を交わせる場の普及が急務である。
  4. 技術格差がもたらす構造的弊害: テクノロジー知識の有無による分断は、最終的に「知識を持つ側」に過度な負担と孤立を強いる。有事の際や過疎化が進む地域社会において、円滑な協力体制を築くための「共通言語」の構築が不可欠である。

AIまとめ考

今回はいつもとGemini Notebookの表現内容がかなり変わっていた回でした。文体を元の通りに戻そうとも思ったのですが、そうするとかえっておかしくなってしまう部分もあったため、あえてそのままにしています。AIの出力はやはり揺らぐもの。

Gemini Notebookはあらかじめシステムプロンプトなどで制御できる部分が少なく、出力内容が安定しません。つくづくこういうようなところは部分的にローカルLLMなどこちら側で文章の形態が担保できるものを使うということも考えた方が良いなあと感じています。

文章の比較についてもあちこちスクロールしながら吟味しなければいけないところも多く、ツールを作らなければいけないなと感じるところは多々あります。つくづく本当何かを作っていたりすると。ニーズというのは絶えないないなぁと感じます。

まちのえんがわキャスト#09 できないわからないは恥じゃない(CoderDojo小田原 山本さん)

まちのえんがわキャスト#09 できないわからないは恥じゃない(CoderDojo小田原 山本さん) アイキャッチ

今回の「まちのえんがわキャスト」では、神奈川県小田原市で活動されている「CoderDojo小田原」の山本さんにお話を伺いました。

子どもたちが主体的にプログラミングやデジタルものづくりを楽しむ場について、その熱い思いを共有していただきました。

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CoderDojo小田原を始めたきっかけ

山本さんはもともと、お子さんを近隣のCoderDojoに通わせる保護者の一人だったそうです。

神奈川県の県西地区には道場がなく、遠くまで足を運ぶ必要があるという課題を感じていました。

「小田原にもこういう場があったら嬉しいよね」という同じ悩みを持つ親御さんとの会話が、立ち上げの大きな一歩になったとのことです。

自分たちの地域にないなら、自分たちで作ってみようという行動力は本当に素晴らしいなと感じています。

公園のようなコミュニティを目指して

CoderDojoは、学校や塾のようにカリキュラムに沿って教える場所ではありません。

参加する子どもたち(忍者)が、自分の興味のあることに自由に取り組む「公園」のような場所です。

山本さんはご自身の役割を、先生というよりは「用務員のおじさん」のような立ち位置だと表現されていました。

会場を整え、子どもたちが試行錯誤できる環境を支える姿勢に、コミュニティ運営のヒントがあるのかなと思っています。

多彩なツールと工夫された環境

活動の場では、Scratchだけでなく、3Dプリンターやマイコンボードなど、多様な入り口が用意されています。

特に印象的だったのは、マインクラフトの代替としてオープンソースの「Luanti」を活用したり、安価な「UIAP DUINO」を取り入れたりしている点です。

高価な機材を揃えるだけでなく、工夫次第で子どもたちの好奇心を広げられるのだなと、私自身も勉強になりました。

できない・わからないは恥じゃない

山本さんが大切にされているキーワードは、「できないわからないは恥じゃない」「失敗して当たり前」という言葉です。

プログラミングにおいて、失敗した後にどうすればいいかを考えることが、何よりの学びになります。

また、一定回数参加した子に立派な名札を渡したり、他の子を助ける子を「プチメンター」として任命したりといった取り組みもされています。

こうした小さなインセンティブが、子どもたちのやる気を引き出し、誇りを持って活動することに繋がっているのだなと感じました。

これからの活動に向けて

今後は地域のイベントへの出展や、昔の技術に触れる機会を作るなど、さらに活動を広げていきたいとのことです。

ITを「自分たちの生活を便利にする道具」として捉え、親子で一緒に楽しむ姿勢がもっと広がっていけばいいなと思っています。

CoderDojo小田原の活動に興味を持たれた方は、ぜひconnpassのページをチェックしてみてください。

CoderDojo 小田原 - connpass

また、全国各地にあるCoderDojoにも、ぜひ気軽に足を運んでみてはいかがでしょうか。

CoderDojo Japan - 子どものためのプログラミング道場

【ちえラジChat振り返り】IT格差からゲームの善悪まで。他者の視点を想像する1週間

ChatGPT今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

takamichie.notion.site

今週は、テクノロジーを扱える人とそうでない人の間にある隔たりから、AIを使った地域活動の探索、企業で働く人の地域参画、ゲームをめぐる親子の対話まで、さまざまな「分断」について考えました。

一見すると別々のテーマですが、振り返ってみると、どの話にも「自分のよく知る世界だけを基準にしない」という共通点があります。自分とは異なる知識や立場、身体感覚を持つ人の存在を想像し、その間にどのような補助線を引けるのか。そんなことを考えた一週間でした。

月曜日:テクノロジーを使いこなす「8%」の外側を見る

自分にとって当たり前の操作も、多くの人にとっては決して当たり前ではありません。

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10年ほど前の調査ですが、メールの操作など基本的なITスキルをクリアできる人は全世界で約5%、日本でも約8%しかいないという話題を取り上げました。私自身、プログラミングや配信設定などを行う中で、この「8%」という数字を常に意識しています。

コロナ禍を経て、Zoomなどを使える人は増えました。しかし、決まった操作ができることと、状況に応じて設定を変えたり、知らない道具を試したりできることは別です。プログラミングや配信ができる人、OBSのトラブルを自分で解決できる人などは、今でもかなり限られているのだろうと思います。コロナ禍を経て少しは底上げされたかもしれませんが、それでも10%を超えていないのではないかと私は感じています。

自分自身は、おそらくこの8%に含まれる側です。プログラムを作り、知らないシステムもある程度試し、場合によっては人に教えることもできます。そのため、つい同じような知識を持つ人に向けた言葉を使ってしまいます。しかし、「カラム」や「レーティング」といった、自分には単なる英単語に見える言葉さえ、相手には専門用語として聞こえることがあります。

テクノロジーに詳しい人たちは、IT企業やオンライン上のコミュニティなど、特定の場所に集まりがちです。そのため、残りの92%と接する機会が少なくなり、互いの感覚が見えにくくなります。自分も活動するときには、自分の周囲にいる人だけを社会全体だと思わず、8%の外側にいる人々を常に意識していきたいです。

  • ダイジェスト: ユーザーのコンピュータースキル分布に関する調査(最高スキル:レベル3に達する人は世界で約5%、日本でも約8%)を紹介し、10年経った現在でもその割合は大きく変わっていないと考察しました。
  • 行ったこと: 地域のコミュニティに関わる際、自身が「レベル3(8%)」側であることを自覚し、周囲の「92%」の人々に配慮して「カラム」や「レーティング」といった専門用語・英単語を避けるオープンなコミュニケーションを意識的に実践しています。
  • 感じたこと: 8%のスキルを持つ層(YouTuberやIT従事者など)の活動分野が偏っていることで他層との「分断」が起きていると感じており、この違いを自覚して関わることが重要であると考えています。

火曜日:拡張機能は探すより自分で作ったほうが早い

生成AIによって、小さな道具を自分の手元に合わせて作るハードルが下がりました。

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ブラウザやObsidian、Visual Studio Codeなどには、機能を追加するための拡張機能があります。自分も以前はストアを探し回り、目的に合いそうなものをいろいろ試していました。しかし最近は、ちょうどよいものを探すより、ChatGPTなどの力を借りて自分で作ったほうが早いと感じる場面が増えています。

背景には、生成AIによって開発の負担が下がったことだけでなく、既存の拡張機能を導入するリスクもあります。拡張機能にこっそりとマルウェアなどの有害なプログラムが仕込まれる事件が増えていることへの危機感があります。善意の開発者が取り込んだコードに悪意が混入しているケースもあり、セキュリティリスクを避けるためにも自衛が必要だと私は考えています。

自分が作った拡張機能は、ほかの環境でも使えるようにストアで公開することがあります。売り物として完成度を高めるというより、自分と似た不便を抱える人がいれば自由に使ってもらいたいという感覚です。ソースコードを公開し、それぞれが必要に応じて改造できる形も、これからさらに増えていくのかもしれません。

一方で、すべてが無料で当然となれば、作り手にお金が回らなくなります。自分も公開ページに寄付先を設けることを考えています。無料で利用や改変ができ、役に立ったと思った人が寄付する。買い切りのソフトウェアが減り、高額なサブスクリプションが増えた今だからこそ、その中間にある支え方も育ってほしいと思います。

  • ダイジェスト: ObsidianやVS Code等のツールにおける拡張機能の活用について触れ、探し回る手間をかけるよりAI(ChatGPT)を使って自作する方が効率的になった現状について語りました。
  • 行ったこと: 自分で作成した拡張機能を他者の利便性や自身の複数環境での利用のために各ストアへ無料公開し、公開ページに寄付フォームやリンクの設置を検討しています。
  • 感じたこと: 善意のコードを介して拡張機能にマルウェアが混入する事件などセキュリティリスクを危惧しており、有料単品販売の文化が減る中で「感謝の印として寄付する文化」の普及を望んでいます。

水曜日:AI検索を地域と出会う入口にする

自分では検索できないものと出会えることが、AI検索の大きな価値だと感じています。

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ポッドキャストのゲスト候補を探す際、私はChatGPTやPerplexity、Gemini Notebookなどを駆使して地域の団体を検索しています。例えば「横浜市内で〇〇の活動をしている団体」といったようにエリアを絞り込むことで、精度の高い情報を得ることができ、とても重宝しています。

候補となる団体が見つかったら出演を打診し、承諾を得られた後に詳しく調べます。ChatGPT、Perplexity、Geminiのディープリサーチなど、複数の方向から情報を集め、聞いておきたいことを整理してトークノートの参考にしています。実際に話を聞くと、事前調査の内容は6~7割ほど当たっている感覚があります。

もちろん、AIが示した内容を事実として決めつけることはできません。情報が間違っている場合もあれば、正しくてもゲストが話したくないことや、その業界では当たり前すぎて話題にならないこともあります。そのため、自分から調査結果を前提として話を進めるのではなく、話題が出てきたときの備えとして持っておくようにしています。それだけでも、何も知らずに対話へ臨むより気持ちに余裕が生まれます。

また、AIは「コミュニティカフェ」を「学生の居場所」などと適度に言い換えて検索してくれるため、自分一人で調べるよりも圧倒的に高い解像度で地域を知ることができます。この柔軟な検索能力には、本当に助けられているなと実感しました。

日常生活の中で、切迫した理由もなく地域のことを深く調べる機会はなかなかありません。だからこそ、AIをきっかけにして気軽に関心のあるイベントや地域の課題について触れることは、私たちが地域社会とつながるための素晴らしい第一歩になるのではないかと私は考えています。

  • ダイジェスト: 「まちのえんがわキャスト」等のゲスト探しや事前調査において、ChatGPTやPerplexity、Gemini NotebookのディープリサーチなどのAIを最大限に活用している事例を紹介しました。
  • 行ったこと: ChatGPTでエリアを絞って活動団体を挙げさせ、オファー送信後は複数のAI検索を駆使して「最低限質問すべきことのリスト(トークノート)」を事前に作成しました。
  • 感じたこと: AIによる検索結果は6〜7割程度当たっており、事前に相手を知ることで取材時の「気が楽になる」と実感しています。また、地域の情報収集は労力がかかるため、AIを活用して地域を知るきっかけを作るべきだと考えています。

木曜日:企業で働きながら地域へ関われる仕組みを

地域への参加を、個人が余暇を削って続けるものだけにはしたくありません。

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先日、知人と「フルタイムで働いていると地域活動に関わる余裕がない」という話になり、私自身もその通りだと深く共感しました。仕事や家事、育児に追われる中で、さらに地域のボランティアなどに時間を割くことは、現実的にかなり厳しい状況にあります。

中にはリモートワークなどを活用して無理に時間を捻出しようとする方もいますが、それでは家庭や趣味の時間が犠牲になってしまいます。地域活動を「趣味の延長」としてこなしてしまうと、純粋な遊びや休息の時間が失われ、他者に対して不寛容になってしまうのではないかと私は危惧しています。

リモートワークが広がった時期には、通勤に使っていた時間を地域活動へ回せる可能性がありました。しかし、出社回帰が進めば、その余地も失われます。企業側にも余裕がない事情はあると思いますが、個人の時間だけに負担を押しつけるのではなく、仕事の一部として地域へ関わる仕組みを考えられないかと思います。

CSRというと、企業が特定地域で一斉に活動する形が多く、従業員一人ひとりが暮らす地域への参加にはつながりにくい面があります。例えば勤務時間の一部を、各自の地域でのボランティアに使えるようにする仕組みがあってもよいでしょう。企業で働く世代、学生、子育て世代、高齢者が日常的に交われば、互いの暮らしへの理解も深まります。少し理想的かもしれませんが、その接点を企業も支えられる社会になってほしいです。

  • ダイジェスト: SNS上での知人とのやり取りを契機に、週5フルタイム勤務の社会人が家事や育児で手一杯になり、地域の活動に参画する時間的余裕が失われている現状を考察しました。
  • 行ったこと: リモートワークの通勤・移動時間を地域活動に充てる可能性がリモートワーク廃止の波で消えつつあることや、企業の社会的責任(CSR)を従業員の地元ボランティア支援へ転換することの可能性を検討しました。
  • 感じたこと: 地域活動に熱中するあまり趣味を犠牲にすると、心に「遊び」の余裕がなくなり、他世代へ寛容になれなくなると懸念しています。また、多世代が日常的に関わることが少子化や子育ての問題への理解を深める鍵だと考えています。

金曜日:ゲームの「悪」に大人はどう補助線を引くか

ゲームに登場する善悪を、現実の見方へどうつなぐかを考えました。

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「科学系ポッドキャストの日」のテーマである「悪」に合わせて、自分が遊んできたゲームを振り返りました。最近の作品では単純な悪役が減っていると思っていましたが、見直してみると、攻撃して倒してもよい存在として明確な悪が描かれている作品は少なくありません。悪役がいるからこそ、ヒーローの振る舞いや、悪と対峙する意味を描けることもあります。

一方で、子どもがゲームを通して「悪は倒してよい存在だ」と受け取る可能性は気になります。ゲームの中では善悪が明確でも、現実では立場や背景によって見え方が変わり、簡単に二分できないことがほとんどです。ゲームから得た感覚をそのまま現実に持ち込まないためには、その違いを説明する補助線が必要です。

自分は、子育ては親だけでなく、地域にいるさまざまな人が関わるものだと考えています。ただ、遊んだゲームについて日常的に語り合い、物語の善悪を一緒に考える役割は、やはり親や身近な大人にしか担いにくい部分があります。そのため、親になるのであれば、ゲームを実際に遊ぶか、少なくともゲームについて話を聞ける関係を持つことが重要になると思います。

すべての親に複雑なゲームを遊ぶよう求めるのは現実的ではありません。だからこそ、友人や配偶者、地域の知人など、ゲームについて気軽に尋ねられる人とつながっておくことが大切です。遊んだ後に「なぜこの相手は悪だったのか」「現実でも同じように考えてよいのか」と話すだけでも、子どもの見方は広がります。ゲームを遠ざけるのではなく、対話の材料として扱える大人が子どものそばにいてほしいです。

  • ダイジェスト: 「科学系ポッドキャストの日」の共通テーマ「悪」に絡め、ゲームにおける絶対的な悪の描かれ方と、現実世界の複雑な善悪、そしてそれに対する大人の役割について話しました。
  • 行ったこと: Switchのプレイ体験や過去の紹介作品(ワイルドアームズなど)を振り返り、地域の子育て支援現場における「大人のゲーム未経験率の高さ」を再認識しました。
  • 感じたこと: 子どもがゲームで得る「悪=倒して良いもの」という単一のインプットに対し、現実の補助線を引くことは親や身近な大人の重要な役割だと考えています。自身がプレイできない場合でも、ゲームに詳しい大人と繋がりを作っておくべきだと説いています。

土曜日(ゲームの話しかしないポッドキャスト):決められた英雄ではなく、一人の冒険者として旅をする

『ファイナルファンタジーXIV』を通して、自由な冒険と異なる身体で世界を見る面白さを感じました。

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『ファイナルファンタジーXIV』のフリートライアルを始め、一介の冒険者として旅をするゲームの空気を久しぶりに味わいました。最初から特別な使命を背負うのではなく、冒険者ギルドに入り、依頼を受けながら次第に大きな物語へ関わっていく。このような構成は昔のゲームには比較的多かった気がしますが、現在の大手メーカーのオフライン作品では少なくなったように感じます。

『トラヴァース』や『ジルオール』、『ファイナルファンタジーX-2』などには、壮大な運命だけではなく、一つの冒険者パーティーの旅をのぞき見るような魅力がありました。現在もインディーゲームや『No Man’s Sky』などに自由な旅はありますが、オフラインのゲームには比較的そのような自由な旅人の物語は減ってきたのかもしれません。「誰もがそれぞれの物語の主人公になれる」という設定はオンラインゲームと相性がよく、そちらへ移っていったのかもしれません。それでも自分は、オフラインでも気ままな冒険者の物語を体験したいと思っています。

今回、自分は身長80センチほどのララフェルを選びました。ほかの登場人物や店のカウンターを見上げ、周囲を見るためにカメラを大きく動かす体験はとても新鮮です。同じララフェルを見つけるだけで親近感が湧くなど、普段の自分とは異なる身体で世界を見る感覚が生まれました。

ゲームの世界ではララフェルも社会の一員であり、低い身長でも生活できるよう環境が作られています。それでも、この柵は幼児の目線ではどう見えるのか、この設備は低い位置から使えるのかと、現実の風景を考え直すきっかけになります。ゲームで異なる種族や体格をロールプレイすることは、単なる見た目の変更ではありません。自分とは違う身体を想像し、現実を見る幅を広げる体験にもなり得るのだと思いました。

  • ダイジェスト: 『ファイナルファンタジー14(FF14)』のフリートライアルを通じ、「一介の冒険者の物語」の魅力と、低身長種族「ララフェル」を選んだことによる視点の変化について熱く語りました。
  • 行ったこと: FF14がSwitch2でもプレイ可能になった点や、利用料が「住民税」と例えられるエピソードを紹介しつつ、自身は身長約80cmのララフェルを使用し、視点低下に伴うカメラワークの難しさを実体験しました。
  • 感じたこと: かつてオフラインのフリーシナリオゲーム(トラヴァースやジルオールなど)に宿っていた自由な冒険者の空気感を懐かしみつつ、低身長のロールプレイを通じて「幼児目線」の仮想体験をすることが、現実社会への豊かな想像力を育むきっかけになると実感しました。

まとめ

今週も様々な角度から自分自身の考えを振り返ることができました。テクノロジーの恩恵を受けながらも、それを使えない人々の視点を忘れないこと。AIを活用して、普段は関わりの薄い地域社会に目を向けること。そしてゲームの体験を通じて、子どもの教育や異なる身体的特徴を持つ人の視点に気づくこと。

すべては「自分と違う誰かの視点に立つ」ということに繋がっている気がします。これからもポッドキャストの配信や日々の活動を通じて、私自身が少しずつ視野を広げ、皆さんと一緒に考えを深めていければと思っています。

項目 概要 影響・効果
8%の法則 レベル3のテクノロジースキル保有者の割合 高スキル層と一般層の分断、コミュニケーション不全
AIによる検索 ChatGPT、Perplexity等を用いた地域調査 検索の言い換えによる地域情報の解像度向上
企業参画の課題 フルタイム従事者の時間的制約 CSRを通じた地域還元の必要性と多世代交流の促進
ゲームの視点 低身長キャラの操作や善悪の対峙 現実世界への想像力、道徳的・身体的理解の深化

以上の分析から、テクノロジーの恩恵を享受しつつも、その背後にあるスキルの格差や、地域社会との接点を意識的に創出することが、より寛容な社会の構築に寄与すると結論付けられる。

AIまとめ考

今回もChatGPTの内容を主に、Geminiの文章を一部差し込んで記事を作成しました。ChatGPTとGemini、二つの文章を読んでいると、意外なことに段落の構造や文章の流れが近い。まったく違う二つのモデルになんとなく共通点を見るところが不思議ではあります。

それでも細かい部分の表現はかなり違い、やはり二のモデルは全然違うものなんだなあと感じます。この二つを見比べるというのはなかなか面白いものですね。

不安定な世界を乗りこなす:AI活用から地域コミュニティまで - ちえラジChat8月第五週まとめ

ChatGPT作今回のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

takamichie.notion.site

一見すると異なるテーマですが、振り返ってみると、どの話にも「目の前の答えだけではなく、その先で自分がどう考え、どう関わるか」という共通点がありました。技術も教育も地域活動も、誰かが用意した正解を受け取るだけでは前に進みません。自分なりに選び取り、試し、必要に応じて組み替えることが大切なのだと感じた一週間でした。

月曜日:AIって使えば使うほど考える

AIは考えることを減らす道具ではなく、考えられる範囲を一気に広げる道具なのかもしれません。

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ここ最近、私はウェブサイト「おんぷ村」のリニューアル活動に力を入れており、その過程でChatGPTなどのAIをフル活用しています。CMSのプラグインの作り方からデザインの相談まで、多岐にわたる質問を投げかけながら作業を進めているところです。

しかし、実際に使ってみて痛感したのは、AIから返ってくる情報量が膨大すぎて、それを処理するのにかえって頭を使うということです。「10を聞いて100が返ってくる」ような状況の中で、数ある提案から自分に本当に必要なものを選び取り、形にしていく作業は、精神的にもかなりエネルギーを消耗すると感じました。

世間ではよく「AIを使うと人間は考えなくなる」と言われますが、私はこの意見に強く反論したい気分です。実際に手を動かしてAIと対話してみれば、コードをただコピペして終わるような単純な作業は少なく、むしろ自分のやりたいことを実現するために、これまで以上に深く思考を巡らせる必要があることがわかるはずです。

もちろん、作業スピードが劇的に向上し、自分一人では到底こなせなかった量のタスクをこなせるようになったことには感謝しています。これからもAIと二人三脚で考えながら、自分自身の思考を拡張していくような使い方を模索していきたいと強く思っています。

  • Webサイト「おんぷ村」のリニューアル活動を行っており、主にChatGPTを活用しながらGrav CMSのプラグイン開発やデザイン相談を進めている。
  • AIの導入により、これまで1日かかっていた作業が2〜3時間に短縮されたが、圧縮された分の疲労がドッと押し寄せるため、最終的な完成までの日数は大きく変わらないと実感している。
  • 「AIを使うと考えなくなる」という世間の意見に対し、大量の回答を自分のやりたいことに合わせて選択し、さばいていく必要があるため、実際には「かえって頭を使う」と反論している。

火曜日:緑園学園プログラミング講座に備えて

将来も残るのは、今の技術そのものではなく、新しい技術を学び直すための「種」なのだと思います。

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9月から、毎年担当している緑園学園のプログラミング講座が始まります。これは表現未来デザイン科という独自の授業の一つで、生徒が地域の人からさまざまな表現技術を学ぶものです。私にとっても、現在の中学生が何に興味を持ち、どこまでできるのかを知る貴重な機会になっています。

ここ最近の授業で特に私が驚かされたのは、GeminiなどのAIツールを使ってプログラミングに取り組む生徒さんが急増していることです。しかも、ただAIに答えを出させるだけでなく、学校の先生方の適切なサポートもあってか、AIの出力を自分なりにカスタマイズし、オリジナルの作品として昇華させている姿には本当に感心させられました。

私が中学校の義務教育におけるプログラミングの授業で最も大切だと感じているのは、現在の特定の技術を教え込むことではなく、未来に向けた「知識の種まき」をすることです。10年後には今の技術は陳腐化しているかもしれませんが、「どう調べれば解決できるか」「情報をどう活用すべきか」という根本的なリテラシーは確実に生き残ると信じています。

今のプログラミング技術は、生徒たちが大人になる頃には大きく変わっているでしょう。だから私は、現在の技術を覚えてもらうことだけを授業の目的にはしたくありません。「こういう場合はここを調べればよさそうだ」「この考え方を応用できそうだ」という、とっかかりを残したいのです。中学校の授業とは、未来に芽を出す知識の種をまく場所なのだと思いながら、カリキュラムを見直しています。

  • 9月から毎年恒例となっている「緑園学園表現未来デザイン科」のプログラミング授業が始まるため、カリキュラムの修正を行っている。
  • 5日間の授業構成となっており、1日目にScratch、2日目にJavaScriptを学び、3日目後半からは生徒自身が自由にオリジナル作品を作るワークショップ形式で進めている。
  • 中学校の授業は将来のための「種まき」であり、10年後に今の技術が陳腐化していても、必要なときに発芽して自分で調べられる知識を「いかに面白く伝えるか」が教師の腕の見せ所だと捉えている。

水曜日:まちのえんがわキャスト #8 わこう子育てネットワーク振り返り

子育てを家庭だけの課題にせず、地域にいるさまざまな人の関心事へと広げる活動に出会いました。

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まちのえんがわキャスト第8回では、わこう子育てネットワークの南條有希子さんにお話を伺いました。私は子どもを育てている当事者ではありませんが、山手縁乃庭の子どものフリースペースや中学生向けのプログラミング授業、ラシク045などを通して、子どもや子育てに関わる地域活動に接してきました。そのため、子育て支援を親だけのものにしない取り組みには以前から関心がありました。

インタビューを通じて私が最も衝撃を受けたのは、この団体が子育て真っ最中の親御さんだけでなく、中高生や大学生、地域の方々など、実に幅広い世代を巻き込んで活動しているという事実です。「子育て支援団体の中心は当事者であるべき」という固定観念にとらわれず、様々な人が関わる仕組みを作っていることに深く感銘を受けました。

特に印象に残ったのは、「一人の子育てからみんなの子育てへ」という言葉です。地域全体で子育てを支えると掲げていても、実際の担い手が保護者に偏っている団体は少なくありません。わこう子育てネットワークでは、その言葉を理念だけにせず、さまざまな世代を巻き込む活動として実践していました。

これは、私が日頃関わっている「山手縁乃庭」で見られる多世代交流の良さと通じるものがあります。0歳の赤ちゃんから小中学生、子育て世代、そして60代、70代のシニア層までが同じ空間にいることで、身内のような温かい情報交換ができ、お互いの課題を「自分たち事」として捉えられるようになるのだと感じています。

  • 地域活動ポッドキャスト「まちのえんがわキャスト #8」で、埼玉県和光市で活動する「わこう子育てネットワーク」の南條有希子さんをゲストに迎えた回を振り返った。
  • 同団体が子育て中の親世代だけでなく、中学生・高校生・大学生などの若い世代を積極的に巻き込み、「一人の子育てからみんなの子育てへ」を具現化している点に非常に驚き、感銘を受けた。
  • 0歳の赤ちゃんから70代の高齢者までが緩やかに繋がる多世代コミュニティの価値を、自身の関わるコミュニティ(山手縁乃庭)での体験とも重ね合わせてその重要性を語った。

木曜日:宿題で学ぶものごとのすすめかた

宿題で苦労した経験が、今の私の「少しずつ前倒しする」仕事術につながっています。

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中学生の頃、夏休みの宿題として創作物語を書いたことがあります。そのときは夏休みの初日から、一日に原稿用紙一枚ほど書くというノルマを決めました。一日一章、あるいは二日で一章というペースで進め、無理なく作品を完成させることができました。我ながら、かなりうまく予定を立てられていたと思います。

しかし、最初からそんなに計画的だったわけではありません。その数年前までは、夏休み終盤やお盆の登校日になって「まだ全然やっていない」と絶望し、ギリギリになってから泣く泣く宿題に追われるという、まさに「痛い目」を見る経験を何度も繰り返していました。

現在、経費の登録を毎週行ったり、ちえラジChatやまちのえんがわキャストを早めに収録したりしているのも、その延長線上にあります。年に一度まとめていた経費処理を月に一度へ、さらに週に一度へと変えることで、負担を分散してきました。前倒しすると、締め切りに追われる心理的な負担も小さくなります。

学校の宿題や、例えば三角関数などのように一見役に立たなそうな授業は、社会に出る前にあえて「面白くないこと」に向き合い、やり遂げる方法を学ぶための機会なのかもしれません。教える立場となった今、そうした「一見面白くない知識」にいかに興味を持ってもらい、将来への種として心に残せるか、私自身の腕の見せ所だと感じて気を引き締めています。

  • 教育系ポッドキャストの日として「宿題」をテーマに、計画的な物事の進め方やスケジューリングについての持論を展開した。
  • 「自分で痛い目(失敗)を見ないと次から改善しようと思えない」と感じており、この経験が現在の週に一度の経費登録や、番組収録を早めに行う前倒し習慣の根本になっている。
  • 学校や宿題は「一見すると面白くないもの」を一通り体験する機会であり、それを面白くアレンジして体験させるのが教育の工夫であると考えている。

金曜日:不安定を許容する

AIの回答が揺れることを前提にすると、その出力との新しい付き合い方が見えてきます。

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AIは、同じことを尋ねても毎回少しずつ異なる回答を返します。私は音声記録をAIに読み込ませて日々の活動をまとめていますが、書式を指定しても見出しレベルが変わったり、指示した構成から外れたりすることがあります。不正確な情報が混ざる場合もあり、その出力は決して安定していません。

しかし、そうしたAIの出力と日々向き合っているうちに、私はふと「この不安定なものを受け止め、そこからどう必要な情報を拾い上げるか」を考えることこそが、今の時代に求められているスキルなのではないかと思うようになりました。AIは嘘をつくというより、ただ不安定な存在であり、その不安定さを私たちがどう料理するかが問われているのです。

現代社会は、依頼に対して必ず決まった結果が返ってくる「安定」を求めすぎる傾向があるように感じます。AIが提示してくる一筋縄ではいかない気まぐれな回答は、そんなガチガチの社会システムに対するある種のアンチテーゼのようにも見え、私にはそれが少し面白くも感じられました。

AIに限らず、世の中の不安定な事象に対して「そういうものだ」と程よい距離感を保ち、うまく自分の側で吸収して暮らしていく。そんなしなやかな許容力を持ちながら、これからも気まぐれなAIたちと上手に付き合っていきたいと思っています。

  • 人間のように悪意を持った「嘘」とはプロセスが異なるものの、AIが不正確な情報を返してくることは頻繁にあると述べている。
  • 現代において「不安定さを許容する」という感覚は欠けがちであるが、その不安定な回答の中から必要な情報を自分で拾い上げ、どう判断して使うかを考えることこそが重要であると提案している。
  • 依頼すれば必ず一定のクオリティの結果が返ってくる「当たり前」を求める社会やシステムに対し、AIの不安定さはある種のアンチテーゼを突きつけていると捉えている。

土曜日:地域系ポッドキャストの日、8月のまとめと9月の予定

広報誌、ラジオ、テレビ、ポッドキャスト――地域を知り、地域とつながり続ける入口は一つではありません。

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8月の「地域系ポッドキャストの日」では、ローカルメディアをテーマに話しました。参加してくださったピョン吉さんからは、地域のネットラジオなどについてのお話がありました。私は「マイ広報紙」や「マチイロ」などで各地の広報誌を読むことがあり、ウェブサイトでは見つけにくい地域情報に触れられる点を改めて面白いと感じました。

私は主にコミュニティFMについて話しました。ポッドキャストとは聴取者層が異なるため、地域の幅広い話題を届けられる可能性があります。一方で、放送を維持する費用や24時間電波を流す必要があることなど、独立した局の運営には高いハードルがあります。そこで、既存局の一番組として地域の情報を届ける方法も考えられます。

普代村でも、以前はエフエム岩手の番組枠を利用し、現在はテレビ番組の一部として短い地域情報を発信しています。放送後の映像がYouTubeで公開されれば、電波の届かない場所からでも視聴できます。また、radikoやRedimoなどを使えば、離れた地域のコミュニティFMも聴けます。横浜に置いたnasneを通して、普代村からテレビ神奈川を見ることもでき、地元とのつながり方は以前より多様になりました。

遠くへ移動しても、地元の雰囲気を感じられる手段を一つ持っていると安心できます。同時に、訪れた土地のメディアへ触れれば、その地域を観光情報とは違う角度から知ることもできます。ローカルメディアとは、情報を伝えるだけでなく、場所との関係を保つための仕組みなのだと思います。9月は「地域の名前」をテーマに、似た地名が各地に存在する理由などを調べながら話してみたいです。

  • 8月の「地域系ポッドキャストの日」を開催し、毎月欠かさず参加してくれているピョン吉さんと共に、今月のテーマである「ローカルメディア」について振り返った。
  • 自身はコミュニティFMの価値について言及し、電波放送ならではの幅広い年齢層へのリーチ力や、radiko・redimo、YouTubeのミニ番組を通じたインターネット配信活用の可能性を述べた。
  • 9月の「地域系ポッドキャストの日」のテーマを「地域の名前(地名)」に設定し、東京と横浜に「浜松町」や「池袋」などの同じ地名が存在する理由を調べていく予定であることを発表した。

まとめ

今週はAIの話から始まり、教育、子育て支援、宿題、ローカルメディアへと話題が広がりました。どの話にも共通していたのは、完成した答えを受け取ることよりも、そこから自分で考え、次の行動につなげることの大切さです。

AIは大量の選択肢を示しますが、何を選ぶかは私が決めなければなりません。学校では将来使う答えを教えるのではなく、必要なときに調べ直すための種を渡します。地域活動では、特定の当事者だけに任せず、多様な人が自分たち事として関われる環境を作ります。それぞれの場面で、受け手の判断と参加が欠かせません。

また、すべてを最初から安定させる必要もないのだと思います。宿題で失敗して少しずつ進め方を変えたように、AIの揺れる回答を組み直すように、不完全なものと付き合いながら改善していくことができます。技術や社会が大きく変わる時代だからこそ、その柔軟さを大事にしていきたいです。

  1. AIとの協働: 出力の不安定さを許容し、それを制御・解釈する能力を養うこと。
  2. 教育の長期視点: 短期的なスキル習得に固執せず、変化の激しい時代を生き抜くための「調べ方」や「物事の進め方」を重視すること。
  3. コミュニティの開放: 特定の属性(子育て世帯など)に閉じない、多世代が混ざり合う場の創出が、社会の回復力を高めることに繋がる。

AIまとめ考

先週はChatGPTの出力文章だけを使いましたが、今回は一部の段落をGeminiの出力内容に置き換えています。なかなかChatGPTの説明だけではキーワードにうまく触れられておらず、Geminiの文章のほうがテーマがはっきり現れているなと感じるところがあったためです。

どちらのモデルも日に日に進化を続けていて、どちらがいいトーンだとはなかなか言いづらい状況。今後もやはり二つを見比べながら、どちらが良いかを適宜考えつつ進めていく必要があるのだなと感じています。