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高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

(日本の)Twitter怖い

雑記

3月11日、宮城を震源とした東北地方太平洋沖地震が発生しました。
わたしの職場がある横須賀でも一時停電に陥り、社内で一日を明かすこととなりました。

とりあえず充電池はモバイルブースターが二台あったし、停電が起こったとはいえ横須賀はせいぜい震度4、弘明寺の家は停電しているとはいえ近所の知り合いの家は平気だったと言うし、問題ないだろうと安心していました(実際町の家はヒビ一つはいってなかったし、電気も深夜には復旧した)。情報は一部Twitterでも流れていましたし、会社は市街から離れているぶん静かなものでしたし。


――日が開けて電車も復旧したため12日朝には帰ってきました。とはいえ、当然のごとくTwitterのタイムラインはいまだに非常事態そのもの。避難情報や節電のお願い、献血について等の発言やRTが飛び交う状態。まさに捜査本部か何かのような状態でした。しかもいつもはそのような発言をしないような人や、福岡など今回の地震からはかなり離れたところに住んでる人まで。
なんというか、日本全国に灯火管制か何かがしかれたような雰囲気すらある。とにかく電気を節約しろ、余裕があるなら献血しろ など、従わなければ何かされそうな勢いすらある。


どこも大変なのは分かるし、今まさに救助が必要な人がいることも承知しているつもりなのですが、なんか居づらい。
こういうときって避難し終わってそこそこの安全が確保されると、次に安堵感を手に入れたくなるんですよね。いつものTwitterは安心を感じられる場所でもあったはずなのですが、今日は全くない。なんというか、タイムラインが何かに接収でもされたような感じ。正直、昨日の夜同僚と真っ暗ではあるものの同じ部屋で一夜を明かしたあの瞬間の方が、安心出来た気がする。

日本人って と、あまり十把一絡げに言うのは好きではないんですが、少なくともTwitterによく出入りするような人は、なんというか軍国主義の思想のようなものがあるのかなあ と思った。いざ何かあったときには、誰に命令されるわけでもなく、右向け右で一つの方針に向けて動き出す。異を唱えようとすると、全員でそれをたしなめて(時には弾圧して)鎮圧する。右向け右がいい方向に効果を発揮した例もたくさんあるとは思うのですが、Twitterではそうもいかなかったのかなあとか。

なんというか、(日本の)Twitterって怖い場だなあと思いました。まあ、現実でも有事になると同じようなことになるんでしょうけどね。