高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

無理をしない、コンパクトに生きる - ちえラジChat1月第3週まとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

www.notion.so

今週の配信では、岩手県普代村での活動を軸に、プログラミング教育の現場で感じた壁、コミュニティ間の「分断」への危機感、そして地域活動を支える自分自身の「リソース管理」など、多岐にわたるテーマに向き合いました。

全体を通して見えてきたのは、「異なる世界や価値観の『はざま』に立ち、いかに健やかに、かつ誠実に関係を築いていくか」という私自身の切実な問いです。技術と地域、横浜と普代、そして自分と他者。それぞれの距離感を再定義した一週間の記録をまとめました。

月曜日:自分を甘やかせるのは自分だけ。リソース管理の決意

月曜日は、「無理をしない」ことについて話しました。

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自分は、活動量が多くなりがちなタイプです。仕事、地域活動、NPO、配信と、気づけば常に何かをしています。普代村では、ボードゲームを通じた遊び場の構築やデジタルの活用相談など、対話を重視した活動を続けています。こうした活動は非常に充実していますが、一方で際限なく頑張りすぎてしまう危うさも感じていました。

だからこそ、「止める判断ができるのは自分だけだ」という意識を、最近とても強く持つようになりました。

私は以前から「自分を甘やかせるのは自分だけ」という言葉を大切にしていますが、今週は特にその重みを感じました。周りの方は期待を寄せてくれますが、「これ以上はやめておきなよ」とブレーキをかけてくれる人はなかなかいません。だからこそ、自分で自分の限界を監視し、時には勇気を持って「立ち止まる」ことが必要なのだと、自分自身に言い聞かせるように話しました。

今年は、日曜日はできるだけ仕事をしないなど、少しずつペースを戻す年にしたい。そんな決意を、あらためて言葉にした回でした。

火曜日:ブロックプログラミングの「やさしさ」と「難しさ」

火曜日は、App Inventorを使ったブロックプログラミングの難しさについて話しました。

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ブロックプログラミングは直感的で入りやすい反面、回避策が取りづらいという弱点があります。今回も、AndroidiOSで挙動が異なる不具合に直面し、「なぜ動かないのか」を説明すること自体が難しい状況でした。

この時、私が痛感したのはブロックプログラミング特有の「迂回の難しさ」です。テキストベースの言語であれば、コードを書き換えたり別のライブラリを試したりと回避策が見つかりやすいのですが、ブロックベースだと目的の動作を作る方法が一つに限られることが多く、環境の不具合に直接突き当たってしまうのです。その結果、初心者向けのはずの環境が、実は上級者向けになってしまう場面もあると感じました。

私は、こうした技術的な障壁が、プログラミングを学び始めた方の「達成感」を削いでしまうことを何より危惧しています。テキストベースは無限の自由度がありますが、初心者には次に何を書けばいいか分からないというハードルがあります。一方でブロックベースは直感的ですが、今回のような不具合には手も足も出なくなります。

「本当に誰でも達成感を得られるプログラミング環境って何だろう?」という問いは、今も自分の中で答えが出ていません。教育に関わる立場として、引き続き考え続けたいテーマです。

水曜日:二拠点生活での制作体制と、新たな出会いへの期待

水曜日は、SBCast.で今年どんな人に声をかけていきたいか、という話をしました。

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すでに数か月先まで収録が終わっている一方で、配信準備の前倒しが常に課題になっています。

普代村にいる間は編集作業ができないため、横浜にいる時間の使い方がとても重要になります。そのため、理想としては3か月以上前倒しで準備を進めたいと考えています。

内容面では、最近増えてきた「自治体とゲーム」の事例に強い関心があります。地域とゲーム、行政と遊びという文脈は、これからもっと掘り下げていきたいテーマです。かつて讃岐GameNの方をお呼びしたことがありますが、地域をゲームという切り口で面白くしようとしている団体は他にもたくさんあるようです。そうした新しい視点を持つ人たちの声を、SBCast.を通じて届けていきたいという熱意が湧いています。

また、配信基盤をLISTENに移すかどうか、WordPressからの移行も含めて、SIDE BEACH CITY.全体の仕組みをどうするかという悩みもあります。人手不足を実感しつつ、「関わりたい人が入りやすい形」を模索している最中です。

木曜日:分断のはざまで感じる居心地の悪さ

木曜日は、「分断のはざま」という、かなり個人的で切実なテーマについて話しました。

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ITを使う人と使わない人、ゲームをする人としない人。コミュニティの間には、想像以上に深い溝があります。

それぞれの世界では「常識」でも、別の場所ではまったく通じない。そのギャップに、自分自身が挟まれている感覚を強く持っています。どこに行っても「ちょっと違う人」になってしまう、そんな居心地の悪さです。

例えば、ある場ではカラム(列)という言葉さえ専門用語として拒絶されてしまうことがあります。逆にゲームのコミュニティでは「大人がゲームをしないなんてそんな人いないだろう」という極端な認識になることだってある。

私は両方の世界を知っているからこそ、どちらの場に行っても「話してはいけないこと」や「言い換えなければならない言葉」が増え、結果話しづらくなって、口をつぐんでしまう

その結果、なんともいえない孤立感を感じてしまうのです。

私は、こうした異なる世界の人たちが、無理に一つになる必要はないと思っています。目的が違う以上、別々であることは自然です。けれど、せめてお互いの存在を認識し、たまたま同じ場に居合わせたら「握手」ができる程度の交流は持っていてほしい、と切実に願っています。そうでないと、私のような「はざま」にいる人間は、どこにも居場所がなくなってしまうからです。

「中間の人」が声をかけ合える状態、認識される状態を作ること。それは私自身の居場所を作る活動でもあります。自分が何者であるかを一つのカテゴリーに押し込めるのではなく、多面的な自分として全てのコミュニティに関わっていけるよう、これからも橋渡しの役目を担っていきたいと強く思いました。

金曜日:普代村の「コンパクトさ」という魅力

金曜日は、地域系ポッドキャストの日として、普代村の「良いと思ったところ」について話しました。

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私が普代村で一番気に入っているのは、その驚異的な「コンパクトさ」です。

駅周辺のエリアは徒歩15分ほどで回りきれますし、私のアパート(という名の一軒家)から役場までは徒歩2分、走れば1分という距離にあります。

驚いたのは、職場の方に「お昼、家帰って食べるの?」と聞かれたことです。都会の事務仕事では、昼休みに自宅へ帰るという選択肢はまずあり得ません。

忘れ物を取りに帰ることも、家で食事をすることも、休み時間の中で普通にできてしまう。この物理的な近さがもたらす暮らしの余裕は、横浜などの都会では絶対に味わえない、唯一無二の良さだと感じています。

買い物も最低限は村内で完結し、必要なものは事前準備や通販で補う。横浜の岡村での暮らしと比べると、意外と似ている部分もあると感じました。

例えば岡村であれば、コンビニもスーパーも徒歩圏内にあるので最低限の買い物は揃うけれど、本当に楽しみたいときは都市部(関内や東京)へ出なければならない。普代もまた、日用品は揃うけれど刺激を求めれば久慈や八戸へ行く必要があるという点で、岡村と似た「距離感」を持っています。この感覚的な共通点が、私が普代を心地よく感じている理由の一つかもしれません。

ただ、横浜の一地域である岡村と違い、普代の課題は「村全体の課題」として捉えられます。だからこそ、みんなで力を合わせて変えていこうという動きが生まれやすく、私自身も手応えを感じています。ここで得た経験を、いつか横浜にも持ち帰りたい。そんな未来を描きながら、今は普代での濃密な時間を楽しんでいます。

まとめ

今週を通して感じたのは、「小さく、近く、間に立つ」という感覚の大切さです。無理をしないことも、教えることも、配信することも、地域で暮らすことも、すべては距離感の話なのだと思います。

どこか一つに振り切るのではなく、揺れながら考え続ける。その姿勢自体が、自分の活動の軸なのかもしれません。

来週もまた、そんな揺れを言葉にしていければと思います

AIまとめ考

今回はChatGPTの内容をベースにしつつ、Geminiの文章も所々に埋め込みました。

ChatGPTは今回どうも人称が怪しい。基本的には一人称で書いているのですが、これはどう見ても一人称視点ではないなあのような記述が見受けられます。またGeminiの文章もとてもいいなあと思うところが多く。ところどころはその内容に置き換えています。

ここ最近ChatGPTとGeminiの資金調達の話などをXで見かけることもあり、そもそもの会社自体の知名度が高いGoogleのGeminiが有利な状況にあるという話は聞きます。

しかし、意外と繊細な表現ができるChatGPTの良さはもう少しフォーカスされてもいいんじゃないかな・・・と思うところもあり。この辺りはなかなかこれで十分と言い切れる環境がないのが今のAIだなと思わされるところです。