高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

テクノロジーの理屈をどう伝える?非エンジニアへの「翻訳」という使命-ちえラジChat1月第2週のまとめ

ChatGPT作今週のグラレコ

今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。

なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください

www.notion.so

自分自身としても、「今年どうありたいか」「何を手放して、何を続けるのか」をあらためて言葉にした週でした。毎年同じことを考えているようでいて、状況は少しずつ変わっている。その変化を確認するような感覚もあります。

月曜日:「手離れ」を目指すということ

月曜日は、あらためて今年の目標について話しました

listen.style

日々の中で強く意識しているのが、「自分が必要とされなくなる方向を目指す」ということです。活動が続くためには、誰か一人に依存しない形が理想ですし、それはずっと前から考えているテーマでもあります。

とはいえ、簡単に手離れできるものなら、もうとっくにそうなっているわけで、今残っているのは簡単には代替できない役割ばかりです。結局、今年も自分はあちこちで動き続けるんだろうな、という現実的な感覚もあります。

それでも、少しでも休む時間を確保したい、やっていることはきちんと公開して伝えていきたい。その両立を目指す一年にしたい、そんな思いを言葉にした回でした。

  • 昨年8月から休みなく働いていたため、今年は「しっかり休むこと」を意識すると決めた。
  • 活動の知名度を上げるため、公開と宣伝を継続する意向を示した。
  • SIDE BEACH CITY.や普代村のプロジェクトを、他者の力を借りて強固にする体制作りを重視した。

火曜日:プログラミングしない人とテクノロジーの距離感

火曜日は、「プログラミングはしないが、テクノロジーに強く関わる人」に対して、自分はどう向き合うべきか、というテーマでした。

listen.style

自分はやはり、プログラミングを仕事にしなくても、最低限のプログラミング的な理解は必要だと思っています。それはコードを書けるかどうかという話ではなく、できること・できないことの境界を知るためです。

学校教育でのプログラミング授業も、そのために存在しているのだと考えています。就職のためのスキルではなく、テクノロジーを理解するための基礎教養としてのプログラミングです。

問題は、すでに学校を卒業した大人たちにどう伝えるか。これは今年、自分が向き合わなければならない大きなテーマであり、ある意味で自分の役割なのかもしれない、そんなことを考えた回でした。

  • 「プログラミングはしないがテクノロジーに触れる人」への接し方を考察した。
  • 学校のプログラミング教育は、就職のためではなく「テクノロジーを理解する最低限の知識」として重要だと説いた。
  • どのようにテクノロジーを伝えるべきか、今年の主要テーマとして検討を開始した。

水曜日:子育て支援と「街でやる」という視点

水曜日は、SBCast.#157でお話を伺ったココネットあおもりの回を振り返りました。

listen.style

子育て支援を掲げながら、実際には子育て当事者しか入れない場になっているケースは少なくありません。それって本当に「街」なのだろうか、という疑問は、以前から自分の中にあります。

山手縁乃庭での経験からも、子どもを育てていない大人が関わる余地は確実にありますし、そこにこそ価値があると感じています。ココネットあおもりの活動からは、その可能性を感じ取ることができました。

また、ゲスト探しにAIを使ったという裏話も含めて、発信の仕方や出会い方そのものも、これから変わっていくのだろうな、という手応えを感じた回でした。

  • 青森の団体「ココネットあおもり」の活動を振り返り、その全世代的なアプローチを評価した。
  • 子育て支援に「子育て世帯以外」を招き入れることが、本当の意味での「街」作りに繋がると主張した。
  • ITコミュニティと子育て支援には、スキルの可搬性や繋がりの広さにおいて共通点があると感じた。

木曜日:「大人も歓迎」という言葉の意味

木曜日は、フリースペースの告知で使っている「大人も歓迎」という言葉の真意についてお話ししました 。

listen.style

不審者対策などの観点から、子供の場に大人を招き入れることに懸念を持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、私はあえて「開くこと」を選択しています 。

正直に言えば、不安がゼロなわけではありません。ただ、それ以上に「来ていいのかな」と躊躇している善意の大人を遠ざけてしまうことの方が、問題だと今は思っています。

地域の居場所が乾いてしまうと、人は孤立し、関係性が断たれていきます。だからこそ、場はなるべくウェットに、関係性が保たれる状態にしておきたい、というのが自分の考えです。

甘い理想論かもしれませんが、こういう場くらいは甘いことを言ってもいい。そう思っている自分自身を再確認する回でした。

  • 子どものフリースペースでの「大人も歓迎」という方針の是非について自問自答した。
  • 悪意を持つ人を排除することに怯えるより、善意ある多様な人を招くメリットを優先した。
  • 甘い考えかもしれないとしつつも、そうした理想を語る場が世の中には必要だと結論づけた。

金曜日:アニメとゲームが交差する今

金曜日は、プリキュア映画をきっかけに、アニメとゲームの関係について話しました。

listen.style

正直、プリキュアがゲームを正面から扱うことに最初は驚きました。

今の時代、親も子もゲームに触れていることは珍しことではありません。それでも、子ども向けアニメでは、ゲームがどこか扱いづらい存在であり続けているように感じます。

保護者や教育者の間では、未だにゲームをネガティブなものと捉える向きもありますが、子供たちは当然のようにゲームに触れています 。本作がゲームを明確に否定も肯定もしすぎず、絶妙なバランスで描いた点に、制作陣の深い思慮を感じずにはいられませんでした 。

私は、ゲームには「現実では得難い経験を補完する力」があると考えています 。失われつつある四季の移ろいや、戦争・被災の疑似体験、あるいは看護師や電車の運転士といった職業体験など、ゲームを通じて得られる情報の解像度は非常に高いものです 。

こうしたゲームの持つ「予習」としての力を、教育やアニメの文脈にどう組み込めるでしょうか 。単なる娯楽として消費するだけでなく、現実世界をより深く知るためのツールとしてゲームを活用できるような、そんな新しい教育の形を想像するとワクワクしてきます 。

  • 映画『わんだふるぷりきゅあ!』をきっかけに、アニメにおけるゲームの扱いの変化を考察した。
  • プリキュアが地上波本編ではなく映画でゲームを扱った絶妙なバランス感覚を評価した。
  • ゲームの教育的側面を前面に出したアニメの可能性について思いを馳せた。

まとめ

2026年のスタートは、自分自身の役割を再定義し、他者との関わり方を深く見つめ直す1週間となりました。私一人の力は微々たるものですが、多くの人の力を借り、技術と温かな人間関係を掛け合わせて、より良い地域社会を作っていければと思います。

AIまとめ考

今回は今までと変わらずChatGPTの内容が主。たGeminiも結構いい感じの文章を書いています。気になる方はぜひAI問答メモもご覧頂ければと思います。

また、ChatGPTもGeminiも結構画像作成時の誤字が減ってきました。こちらについては毎週日曜日に配信をしているLISTEN版のポッドキャストまとめのサムネイル画像として使用していますので、こちらも見ていただければと思います(もちろんAI問答メモからも見られます)。

これらのまとめを見聞きしていると自分としても面白いと感じるところが多く、自分自身ポッドキャストを楽しむいい機会になっているなと感じます。 可能な限り、この文字起こしによるブログ化・音声概要配信も続けていきたいなと思います。