高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

小さく怪我して慣れる場所 - こどもとデジタル Advent Calendar 2024

ChatGPTで作ったマインドマップ

音声版は以下

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12月3日のアドベントカレンダー記事は、子どもとデジタルアドベントカレンダーの記事で、小さく怪我して慣れる場所というテーマでお話をしていこうと思います。

このカレンダーを題材にしたところでは、子どもとデジタルなもの、主にインターネットとかそういうようなものを活用した子どもの活躍の機会。

そういうようなものを考えてみる、そういうものについての話をしてみるというようなカレンダーとして話をしていこうと思います。

こちらも結構まだまだ空きのマスが多いカレンダーではありますので、皆さんも何か自分もこういうこと語りたいぞというようなものがあれば、どんどん書き込んでいただけると嬉しいです。

子どもとインターネットの接点

さて、今回は小さく怪我して慣れる場所ということをテーマにしてお話をしていこうと思うのですが、子どもがデジタルなものに触れる場所というと、やはり真っ先に思い浮かぶのがSNSなんじゃないかなというふうに思います。

インターネット上に足を踏み出さないデジタルなものの使い方というのもいくらでもありますし、実際やっぱりそういうような使い方*1そういう何かを使うというようなやり方はもちろんたくさんあるんですけども、インターネットのサービスで何かの発信をするとか、そういうような場所で何か活動をするってなるとやっぱりSNS*2そういうようなものを使うっていう例は多くなるんじゃないかなと思います。

ただこういうSNSって基本的にパブリックな場所に面しているっていうケースが多い。

誰もが見ることができる。

もちろんXだったら鍵アカにするとかいろいろあるとは思いますが、それでも基本的にはパブリックな場所に面していて、パブリックな情報が見えてくる。

そういうところだと、例えば不容易な投稿が事件や事故につながってしまうっていうこともあり得ますし、炎上騒ぎに巻き込まれてしまうっていうこともある。

あるいは情報発信を読んでデマとかそういうものに惑わされてしまうということも多いと思う。

パブリックな場所につながらないSNSというのももちろんあるにはあります。

ただ、今度は友達周りにしかつながらなくて非常に狭い。

Facebookなんかは閲覧範囲を絞れば友達にまで絞れるし、ちょうどよい感じのSNSではあると思いますが、「どれだけ見えるか」という範囲設定を子どもがうまく適切に使えるかというとそんなことないだろうし、そもそもFacebookなんておじさんおばさんが見るSNSでしょ?っていう認識が持たれちゃっているので、やっぱり子どもも見ないしねという問題もある。

だからやっぱりそういうようなものの代わりになるSNSでちょうどいいものっていうのが今あんまりないんじゃないのかななんて個人的には思うところではあります。

ある程度パブリックじゃなくて、でも完全にプライベートでもなくてちょうどいいぐらい、子ども本人にとっては知らないんだけども、まあ親は知ってるよっていう人たちが集まるような場所。

Discordのコミュニティ

個人的にはDiscordのコミュニティぐらいがちょうどいいかななんて思うので、そういうのがもっと普及すればいいんじゃないのかなと思ったりはしています。

Discordは確かにSNSではありません。

ただインターネットのコミュニティを見ていると、やっぱりコミュニティによってはSNS的に使っているコミュニティも結構あるんじゃないかなと思うんです。

比較的知った顔や、まあまあ近しい立場の人。

あるいは直接は会ったことないんだけれども、何かの共通項に強いものがあってそれでつながっている人たち。

そういう人たちしかいない空間。それがDiscordのコミュニティだと思っています。

自分の知っているところだと、例えば何かのポッドキャストのコミュニティとか、あるいは地域をもっと良くしようとか、一つの地域によって集まっている人たちがやっているコミュニティですとか、「どこかで集まってチャットできるような場所を作りましょう」といって、その作ろうという場所がDiscordになったみたいな場所とか。

比較的知った顔や、まあまあ近しい立場の人しかいないんだけれども、親などが目を光らせようと思えば光らせられる空間

何かおかしいなということを子どもがしたとしたら、それは違うよと周りの人が注意できる空間。

それでいて全く勝手を知らない第三者がちょっかいを出して炎上につながってしまうとか、そういうようなことがない空間。

そこでの言葉がパブリックな場に波及してしまわない空間。

そういう場所が今必要なんじゃないかなっていうふうに思います。

非パブリックな場でちょっと怪我して慣れること

それくらいのところでちょっとずつ失敗をする。

いわば小さい怪我をする場所。

そうやって小さな怪我をしなれることでパブリックな場所にいざ出た時に、「あ、こうしちゃいけないんだな」、「こうやったら意見伝わらないんだな」とか、そういうインターネット上で活動するためのノウハウを得ることができる場所。

怪我から立ち直るための技術とか、怪我を最小限で抑えるための技術。

そういうようなことができる場所、そういうことを身につけられる場所。そんな場所があればいいんじゃないのかなっていうふうに思います。

周りの大人ができること

もしそういうようなことにDiscordのような場を利用する場合、そこで周りの人はどんどん情報を発信していってほしいなとも思います。

子どもが情報の洪水に呑まれかけるようなぐらい。

そんなところがあってこそ、その場所がなんかSNSっぽくなってくる。 だから子どもはまずそこにいてみようかっていうふうに思えてくる。

その子が社会に出るとかそういう時代になった頃、今以上に情報量って多くなると思うんです。役に立つ情報もあるし役に立たない情報もある。いわゆるフェイクニュースと言われるような情報もある。

フェイクじゃないんだけど見方によってはフェイクに見える情報

あとはフェイクじゃないんだけども、それってなんか勘違いが相当に含まれてる情報。

個人的にはこういうのがほんと一番多いと思うんです。

本人嘘をついていないし、誰かを騙すつもりも全くない。でも見方が偏っているせいで、どこかしらに勘違いを生じさせかねないものが詰まっている。 側面によってはそれって嘘でしょっていうふうに思われてしまうかもしれない。

そんな情報が結構多いと思っていて、たぶん今後に向けてどんどん増えていくと思うんです。

だからそういう情報やその情報を発信する人とどう付き合っていくのかとか、お互いがお互い反発しない範囲で、それってこういうことで違うよとか、こういうふうにしたほうがいいよっていうのをなんとなく伝えるとか、そういうようなことができる場が必要なんじゃないか。

一人二つ三つ以上そういうような場に所属する経験っていうのを積んでもらった方がいいんじゃないのかななんて自分は思っています。

地域SNSは、「それ」だったのかも

そういえば昔流行っていた地域SNSなんかもそんな感じかもしれません。

横浜市なら横浜市とか、もっと狭く、磯子区なら磯子区内とか、あとは広地町なら広地町とか、同じ町内会内とか、連合町内会単位、まあいって1キロないかなぐらいな、そんな狭い範囲の人たちが集まるSNS

これはあまりにも他のサイトと微妙に遠くて互換性がなくて、パブリックなSNSとそういう地域SNSと両方を見るっていうのがすごく面倒くさくてっていうのもあって、いろんな理由で廃れちゃいましたけれども。

今の子どもはひょっとしたら*3そういうようなパブリックなSNSにいきなりデビューする前にちょっと揉まれる場所、そんな場所があったほうがよかったんじゃないの?とも思うんです。

なんか地域SNSとちょっと違うのかもしれないんですが、出会うのが親の友達とか同業者とか先生とか、そういうなんか親がだいたい知ってるなっていう間柄の人たちが集まるコミュニティ。

でもそれでもなるべく広くて、まあ人数数えてみたら100人はいるかなぐらいな、そのぐらいの島が必要。

そんな狭いんだけど決してめちゃくちゃ狭いとも言い切れないようなインターネットコミュニティを通して、なんとなく慣れていく。

インターネットで情報発信をすることとは何か、インターネットで情報を出してはいけないものとは何か、そういうようなものを感覚的に得ていく。それぐらいがちょうどいいんじゃないのかなっていうふうに思います。

小さな怪我ができる場所がインターネットには足りない

そういう場所でちょっと怪我をして慣れていく。

そんな経験が今の子どもとインターネット空間の間に必要なんじゃないかな、パブリックなインターネット空間との間に必要なんじゃないかなと思います。

そういう場作りには、身近な大人の力が必要

そういうのって結構大人の力が必要なんです。

どこかの大人でも遠くのどこかの企業でもない、あなた自身とその周りの大人

そういう人たちが動かないと、そんなインターネット空間ってできない。

子どもたちにインターネットのコミュニティ作りを全てお任せしてしまうと、どうしても多分同質の人たちだけが集まってしまう。大人ももちろん同質の人たちで集まってしまうところはあるんですけれども、大人が作るその同質とは比べ物にならないほど同質で狭いコミュニティになってしまう。

だからこそ大人がそこをある程度いい感じにひっかき回すというか、異分子をつぎ込むことが必要なんじゃないかなと思うんです。

そういう場で子どもたちが、あるいはその周りの大人たちが面白い発見をしたり、たまには怪我をしたり、そうやって経験を積んでいく。

それこそがパブリックなインターネット空間に踏み出すときに生きてくる経験になるんじゃないかなと、個人的には思います。

そんなところで・・・

こんなところで、こどもとデジタルアドベントカレンダー、小さく怪我して慣れる場所と題したこの記事としては終了としていきたいと思います。

今後もこの子どもとデジタルというテーマでいくつかお話をしていければいいなと思っていますので、もしご興味おありの方はこどもとデジタルアドベントカレンダーを追っかけてくれればいいなと思いますし、皆様ご自身も子どもとデジタルについて感じていることについてどんどん記事を書いたり、Facebook等で何かつぶやいてみたり、stand.fmやLISTENなどでコメントを投稿してみたりしていただけるといいなと思います。

*1:例えば動画を作るだとか、インターネットのサービス、例えばChatGPTを使うだとか

*2:例えば今だとXとかTikTokとか

*3:これは大人にも必要なのかもしれませんけれども