高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

人工知能は果たして人間型が良いのかどうか

オトラテを聴いてたらこれについての話題が出てたのでちょっと。

どこのニュースだかは忘れましたが、この間も人型の話し相手ロボットのニュースが出ていた記憶があります。「人工知能のあるべき姿は、人間型」という考えを持っている人は、いるんじゃないかなー と。


人間型の二足歩行ロボットで、かつ大人と同じくらいの身長があった場合、早い話「(ご飯を食べないだけの)家族が一人増える」ような感覚になる。家にもそれ相応の居住空間を必要とすると思うし、そうそう「今は用事がないから電源を切る」というわけにもいかないんじゃないかな。

大人のサイズじゃなかったとしても、他の場所に連れて行くときは自分が抱えなければならず、荷物が増える。大人と同じ歩幅で歩いてくれるわけではないですしね。


人工知能にも、それ相応の立ち位置が必要になると思うのです。人間と同じ扱いなのか、アプリケーションなのか。役割と人工知能の依り代のサイズが不釣り合いであったら、それは人工知能そのものにも、導入した家庭にも不幸になるのではないかな と、上の記事を読んでて思いました。

たしかに人間のような形のほうが、あまり人工知能に造形のない人にも受け入れてもらいやすいのかもしれませんが、せっかく人間じゃないのだから、形にこだわる必要はないと思うのです。


というわけで、個人的には人工知能は人間のような形ではなく、スマートフォンタブレットのようなモバイル端末にインストール可能なアプリケーションのような形式がいいかな。必要なときに意思決定を手助けしたり、何かをアドバイスしてくれるような人工知能があれば、それがいいな。と、そんなことを考えました。