Gemini作今週のグラレコ
今回も毎日やっているちえラジChatより、今週一週間の配信内容を中心にお届けします。
なお前回のとおり、AIの原稿はこちら。気になる方はご覧ください
www.notion.so
この一週間を振り返ってみると、私は主に 「AIと人間が共同作業をする上での課題と可能性」 、そして「地域コミュニティにおけるテクノロ ジー への関わり方や言葉の使い方の内省」 という二つの大きなテーマについて深く掘り下げてお話させていただきました。
AIの持つ強い固定観念 (バイアス)から、学生さんのプログラミング学習へのAI活用、そしてSIDE BEACH CITY.でのAIを活用したコンテンツ制作の試みまで、デジタル技術との距離感を改めて見つめ直しました。
また、「みんな」という言葉の指す範囲や、コミュニティでのテクノロ ジー に関心を持つ人材の必要性など、人間関係や社会的な課題にも焦点を当てました。
月曜日:AIの固定観念 から、自分の偏見を見つめ直す
月曜日は、「AIが持つ固定観念 」の話。
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画像生成AIに「ヒゲなし」と念押ししても、なぜかしっかりヒゲを生やしてくる“ヒゲ強要問題” 。「90歳のプログラマ 」というだけで、名前も出していないのに自動的に若宮正子さんだと決めつけて話し始める文章AI 。そうした例を目にするたびに、「AIって人間以上に偏見に支配されてるんじゃないか?」 と感じる場面が増えています。
ただ、そこで「AIは偏見まみれだからダメだ」と切り捨ててしまうのではなく、むしろ「AIが出してくる極端な思い込みの姿」を、自分自身の鏡として眺めることもできるのではないか 、と今は思っています。AIが当然のように選ぶ“お約束の答え” を見ながら、「自分も似たような決めつけで人を見ていないか」「この前提自体が偏見かもしれない」と考え直すきっかけになるからです。
実際、ここ最近はAIの出力をノートやブログに載せて、「これはAIが書いたものだよ」と明示しつつ公開することも増えてきました。安全な範囲で試しながら、「AIがこう言うなら、自分はどう思う?」と問い直す。その積み重ねが、AIを“便利ツール”としてだけでなく、“反面教師”としても活かす道なのかなと感じています。
AIが持つ固定観念 が強いこと、特に画像生成で男性を指定するとヒゲを生やした画像が高確率で出てくる例が挙げられた。
AIの出力には偏見が多く、人間よりも偏見が多いと感じており、AIを反面教師として自分の偏見を見直すきっかけにしているという考えが述べられた。
火曜日:AIと共同制作するために、伴走する人間がほしい
火曜日は、緑園学園でのプログラミング授業が一段落したタイミングでの振り返り。
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印象的だったのは、9年生(中学3年生)の生徒たちが、当たり前のようにAIを使いながら作品づくりをしていたこと です。コードを書くときも、説明文を作るときも、「AIを使って終わり」ではなく、「AIから出てきたコードや文章から学ぶ」という視点が所々に見えました 。Google for EducationにGeminiが入ったこともあり、学校としてAIとの付き合い方をきちんと伝えてきた結果なのかもしれません。
とはいえ、贅沢を言えば「AIと一緒に学ぶとき、そばに伴走してくれる人間」 がもっといてくれたらいいのに、とも感じます。プログラミングを仕事にしているレベルでなくても、「プログラミングってこういう考え方だよ」「ここはこう調べてみようか」 と一緒に悩んでくれる大人や先輩がいるだけで、AIとの共同制作はずっと心強くなるはずです。
そう考えると、CoderDojoのような子ども向けの場とも少し違う、「子どもも大人もお年寄りも、みんなでプログラミングとAIの話ができる場」 が必要なのではないかと感じています。リアルな場も大事ですが、普代村 のようにオンラインに頼らざるを得ない地域もあります。 オンラインとオフラインを行き来しながら、どの世代の人もAIやプログラミングに触れられる場づくり は、これから自分がもっと深く取り組みたいテーマのひとつです。
緑園学園での5日間のプログラミング授業が終了したことが報告された。
中学3年生の生徒がAIを活用しつつも、コードから学ぼうとする姿勢を見せていることに安心した。
AIを活用した学習を支援するためには、プログラミングの知識を持った人間が伴走すること、および子どもも大人も全年齢でプログラミングの話ができる場が必要であると論じられた。
水曜日:SBCast. Ch2 ひとり語りシリーズと、AI原稿づくり実験
水曜日は、SIDE BEACH CITY.のウェブ配信、とくにSBCast. Ch2の「ひとり語りシリーズ」についての話をしました。
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ここ最近、自分ひとりで話す回が増えてきていて、「シリーズって言っていいのかどうか…」と思いつつも、ちえラジChatで毎日しゃべっているネタをSIDE BEACH CITY.的な文脈に整理しなおして話してみる 、という試みを続けています。
実務的には、ちえラジChatの文字起こしをダウンロードし、それをNotebookLMに投げ込んで、関連する資料もいくつか追加し、まとめて原稿を作ってもらう ──というフローで進めています。AIを活用することで、私が割と適当に喋ってしまった内容にも、うまく肉付けをして配信形式にまとめており、「あ、こういう切り口で整理できるのか」 と気づかされることも多いです。
ただ、その一方で「横文字多め」「意識高め」な文章が出てきてしまうこともあって、そのまま読むと自分のキャラク ターとも違うし、SBCast.を聞いてくれる人たちにも距離を感じさせてしまう気がしています。なので、 AIが作った原稿をベースにしつつ、そこから“自分の声”に引き寄せる手直しをする のが、毎回のちょっとした工夫どころです。
本当は配信頻度を落とした方が楽なのかもしれません。でも、 SIDE BEACH CITY.はもともと情報発信が多くない団体だからこそ、「音声発信ぐらいはちゃんと続けていたい」 という気持ちも強くあります。SBC.ブログのコラムも、ちえラジChat+NotebookLMをうまく組み合わせれば、もっと手軽にテキスト化できるはず 。音声とテキストの両方で伝えられるSBCを目指して、少しずつ仕組みを整えていきたいと感じているところです。
NotebookLMの出力が「横文字多め意識高め」の傾向があるため、出力内容のバランスを調整する必要性が述べられた。
SIDE BEACH CITY.では情報発信が不足しており、内部の話数確認処理が毎週配信前提になっている事情もあり、音声配信は継続すべきだと考えが示された。
中途半端になっているSBC.ブログコラムをどうにかするため、ちえラジChatの音声内容を基にNotebookLMでブログを作成するなどの公開方法を検討している。
木曜日:「みんな」って誰のこと?ことばの範囲を問い直す
木曜日は、「みんな」という言葉について。
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ブログでもポッドキャスト でも、「みんなそう思ってるよね」「みんなこうだよね」という表現はつい使ってしまいます 。自分も例外ではなく、気を抜くとすぐ「みんな」を口にしてしまうのですが、ふと冷静になると「そのみんなって、具体的に誰のことなんだろう?」 と気になってしまうのです。
隣近所の数人を指しているのか、自分と同じ界隈の人たちを指しているのか、日本全国の人たちを指しているのか。それによって「みんな」という言葉が持つ重さはまったく変わってきます 。聞き手が想像する「みんな」と発信者の想定する「みんな」は、たいていズレています。それなのに、「みんなって言ったんだから、なんとなく伝わるでしょ」と済ませてしまうのは、発信者として少し乱暴だよなと感じています。
もちろん、リアルタイム性が強い場──例えば生放送やイベントの実況──では、そこまで一言一言を精査していられない空気感もあります。そういう場では多少の「あいまいなみんな」 は仕方ないのかもしれません。でも、ちえラジChatのように録音前後で振り返る余裕がある場や、推敲の効くSNS 投稿・ブログなどでは、なるべく「みんな」という言葉に頼らず、どんな範囲の人をイメージしているのかを言葉にしていきたい と思っています。
「この地域で活動している人たちの中では」「最近自分の身のまわりで話している範囲では」といった一言を添えるだけでも、伝わり方はずいぶん変わります 。日本語で発信を続けていく以上、「どの範囲の声を代表して話しているつもりなのか」を、自分自身に問い直し続けたい。そんなことを改めて考えた木曜日でした。
ブログやポッドキャスト で「みんな」という言葉を使う際、話し手と聞き手の想定する範囲がブレることの問題点を提起した。
「みんな」という言葉を使っている限り、聞き手に正確な範囲が伝わると考えるのは「乱暴な発言」だと自己評価した。
推敲の時間が確保できる場では、「みんな」という言葉を使わずに、範囲を指定する言葉遣いを心がけるべきだと述べた。
金曜日:テクノロ ジー に興味のある人を、どう探していくか
金曜日は、「テクノロ ジー に興味がある人探し」という話をしました。
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SIDE BEACH CITY.は外向きにはスマホ の活用講座やプログラミング相談など、IT利活用支援をあれこれやっている団体に見えますが、実は内部のシステム周りにも課題が山積み です。ウェブサイトの改善、ツールづくり、業務の自動化──作りたいもの・作るべきものはたくさんあるのに、自分ひとりのリソースではなかなか手が回っていません。
今の時代、AIを使ったバイブコーディング的なアプローチで、ある程度のコードを書くことはできます。それでも、「そもそもどんな設計にするか」「どんなやり方がいいか」「この実装で本当に大丈夫か」 を考えるには、やはりそれなりの時間と複数の目線が必要です。自分ひとりで作っていると、「抜け漏れがないか」「他の人からどう見えるか」が不安になって、余計に前に進みにくくなることもあります。
だからこそ、本当は学生さんでも「技術力はまだ高くないけれど、テクノロ ジー に興味がある」 という人でも、システム周りを一緒に見てくれる仲間がほしい と感じています。ただ、地域コミュニティど真ん中で活動している団体の中で、かつテクノロ ジー に興味を持っている人に「実際に出会う」というのが、驚くほど難しいのが現実です。これまでSBCast.でお話を聞いてきたプログラミング系コミュニティの多くでも、「若い人がなかなか来ない」「技術に興味のある人が細くつながっている」という課題は共通していました。
そんな状況だからこそ、自分はまず「文系分野」と言われがちな人たちの営みをもっと知る ところから始めたいと思っています。ボードゲーム やデジタルゲーム と図書館の関係を調べるなかで大学図書館 を訪ねたり、地域のコミュニティスペースに足を運んだりするのも、その一部です。テクノロ ジー から一歩離れたところで活動している人たちの暮らしや価値観を知ることで、「どんな形ならテクノロ ジー の話に興味を持ってもらえるのか」「どんな入り口があると一歩踏み込んでもらえるのか」が、少しずつ見えてくるのではないかと思っています。
SIDE BEACH CITY.の内部にウェブサイトのトラブル対応やツールの作成など、テクノロ ジー 的な課題が非常に多い現状が報告された。
地域コミュニティ活動の中心にいる人で、テクノロ ジー に興味がある人間に全く出会わないという状況が、多くの団体で共通する普遍的な課題であると認識した。
テクノロ ジー に興味がある人たちに声を届ける方法を考え、文系分野の人たちの営みを知るため、ボードゲーム 関連の調べ物を通じて大学図書館 に行くなどの計画を立てている。
まとめ
こうして1週間を振り返ってみると、テーマはあちこち飛んでいるようでいて、実はどれも「人」に向かっていました。AIの偏見を見て自分の偏見を疑うこと。AIと学ぶ子どもたちのそばに、人間の伴走者がいてほしいという願い。SBCast. Ch2を続ける中で、「AIの原稿」と「自分の声」のバランスを探る試行錯誤。「みんな」というたった二文字に、誰のどんな声を重ねるのかを問い直すこと。そして、テクノロ ジー に興味を持つ仲間を求めて、あえて文系ど真ん中の現場を見に行こうとすること。
AIもテクノロ ジー も、ことばもコンテンツも、結局のところ「人」がどう関わるかで意味が変わってきます。だからこそ、これからも焦らず、でも足は止めずに、自分の活動の中で「人」と「技術」の良い距離感を探していきたいと思います。来週のちえラジChatでも、またその途中経過を、ゆるく、でもできるだけ正直に話していけたらうれしいです。
AIの固定観念 と偏見 :AIは、特に曖昧な情報源や情報数が少ない場合に、固定観念 が強く現れる と感じています。また、AIは人間よりもずっと偏見が多いのではないかと感じています。
AIの学習利用への安心と課題 :緑園学園の学生がAIを活用しながらも、コードから学ぼうとする姿勢を見ていることに「いいな」と感じており、個人的には大丈夫だと安心 しています。しかし同時に、AIを学習に生かす際に、適切な知識を持った人間(先生や大人など)が伴走して指導する場がないのが残念 だと感じています。
プログラミング教育環境への要望 :子どもから大人、お年寄りまで、全年齢がプログラミングをでき、話が共有できるリアルおよびオンラインの場 がもっと必要だと強く感じています。
SIDE BEACH CITY.内部の課題 :SIDE BEACH CITY.にはウェブサイトのトラブル対応やツールの作成など、内部にテクノロ ジー 的な課題が非常に多い と感じています。また、自分一人で外部公開用のプログラムを作成することには、「これで大丈夫か」という不安があり、多様な人の目線が入る環境にしたい と考えています。
テクノロ ジー 分野の人材不足 :地域コミュニティに関わる活動をしている人々の中で、テクノロ ジー に興味がある人に全く出会わない という現状は、どの団体にも共通する普遍的な課題であると認識しています。この課題を解決するためには、情報系ではない文系分野の人たちが何を考えているのかを知る必要があると考えています。
AIまとめ考
今回はChatGPTの内容は結構良さそうだったので、ほぼほぼChatGPTで。Geminiの文章も音声概要をソースとして処理しているときに比べると圧倒的に安定しているんですけどね。
今回のようなポッドキャスト をAIでまとめ直して再出力するという試み、最近自分自身かなり多くの場所でやってきています。
まあ人それぞれどんなメディアで情報を見たいかっていうのが違うので、なるべくたくさんの人に刺さるような方法を試したい。人が書いた文章ではないので違和感を感じるという人もいそうではありますが。
それでも何もしないよりはましなのかなと思っています。今後何か方向性は考えつつもこのような配信の方法は続けていければいいのかなと思っています。