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高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

デジタルツールと子ども

雑記

もちろんそういう教育方針もあるとは思うのですが、エンジニアだからこそ、他の選択肢はとれなかったのかな・・・と。

「子どもたちは私たち夫婦が厳しすぎると文句を言います。友達の家にはこんなに厳しいルールはないってね。でも、それは我々は誰よりも技術の危険性を見てきているからです。自分自身でも感じています。子どもたちの身にそのようなことは起こってもらいたくないのです。 」

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確かにそういう人の話はよく聞きます。たしか、以前行ったブロガーサミットの参加者もそんなことを言っていたかな。

自分も子どもはいないなりに、なんとなくわかります。たしかにスマートフォンタブレット・パソコンなどのデジタルツールは子どもにとっては格好のおもちゃだし、なにもコントロールしないと子どもはそれを使い続けてしまう。それは去年の浜小学校コミュニティハウス文化祭でも実感しました。自分がそれを知ってるからこそ子どもには触らせない という人の意見も、まあわかる。

ただ、それでいいのかな。デジタル世界の舵を取る、エンジニアという人種だからこそ、別の選択肢はとれなかったのかな と、思います。

デジタルツールとの共生を考える

Twitterなどで見かけるように、「二つの世界との距離感をうまく保ってる子ども」もいるわけで。デジタルツールの利便性も、それがあるからこそ活きてくるアナログなつながりの可能性も、両方を知った上で、バランスを取れてる子どもだっている。

それに、デジタルなツールは、時に人を劇的に成長させます。日本Androidの会学生部や電設部の学生さんたちを見ていて、その辺はつくづく感じる。ネットにほとんど関わってこなかった地域活動系の学生さんと比べると、同い年とは思えないくらいの思考力の差を感じます。

そういうのを目の当たりにすると、デジタルな世界でないと得られない・得がたい気づきというのは、やはりあるんだなと思っています。


「子どもはデジタルツールに触れさせない」というのは、そういう可能性も摘み取ってしまう行為になるわけで。それが果たして、万人にとってよいことでしょうか。

だいたいそもそも

だいたい自分たちだって、早い人では幼稚園のころからデジタルツールに関わってきた人たちじゃないですか。そのときはできることこそ少なかったし、デジタルな世界こそ狭かったものの、それは使っていて面白かったからこそ、やってきたんだと思います。

そんな面白いものを小さい頃から満足に味わっておいて、今の子どもには「子どもには過ぎたオモチャだ」もないもんじゃないかなと。酒やタバコじゃあるまいし。

自分には家庭はないけれど

自分には家庭はないけれど、それはそれで子どもや地域の人たちと話してきて、やはり多くの人にデジタルツールを使う「センス」をもって欲しいなと思いました。それは「スマートフォンやパソコンを最低限使うための技能」ではなくて、「こういったツールを活用し、必要に応じて使い方を変える為の知識」とか、「もととなる情報を取り込むスキルセット」のようなもの。

そういうものは、すぐに身につくようなものじゃありませんし、そうそう教えられるようなものでもありません。何年も何年も使ってて、情報に揉まれて、やっと体感的に身につくものだと思います。だからこそ、「子どもはデジタルツールから離す」というありきたりな答えではなく、もっと別の答えを導き出すことができたんじゃないかな と思います。

そしてそれは、エンジニアというデジタル世界の作り手だからこそ、導き出せる答えなんじゃないの?と。