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高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

「趣味」としていいもの「趣味」ではすまないもの

コミュニティ活動

IT勉強会やコミュニティイベントの収益化などについては、ここでも今まで何度か触れてきました。

こういうイベントの収益化について話したとき、返される意見として、「こういうのは趣味の延長線上にあるから無償で良いのでは」と言われることが多い。たしかに、自分たちが楽しく勉強するために始まったのがIT勉強会だし、コミケなどのような大規模コミュニティイベントでも、「自分たちがやりたいから」が原動力だから無償活動のままここまで来たんじゃないかな と思います。

では、「趣味の延長線上」で済ませて良いものと、そうでないもののボーダーラインはどこだろう?



自分なりに考えてみたのですが、それは、「赤の他人が介在し、影響を得うるか否か」なんじゃないかな と。

たとえば、ゴルフや釣りといった一般的に「趣味」と言われるようなものについては、「赤の他人が介在する」余地がありません。同じ趣味を持った人同士がつながり影響し合うことはあっても、全く関係のない人を呼び込むことはあまりない(まあ、実際には呼び込みもあるのかもしれませんが)。

でも、IT勉強会やコミケのようなイベントは、「趣味の延長線上」で始まったイベントではあるもの、その分野に関心が強くない赤の他人を巻き込む性質があるのではないかと思います。たとえば参加者は広く募集するし、結果「中心人物の趣味とは異なる趣味を持った人」がかかわることもある。

こう、「中心人物の趣味と異なる趣味を持った人を、(ある程度積極的に)受け入れるような活動」は、もはやただの趣味ではないのではないかな。


もちろんそうなったとして、やめるのは自由だと思う。ただ、もしイベントを継続する理由が、「自分や自分たちが楽しいから(勉強できるから)」以外に出てきたのであれば、ちゃんと継続性を持たせないといけないのかな と思います。そのためには、必要に応じて収益性も視野に入れなければいけないと思うし、ちゃんとした運営体制を作っていかなければいけない。


地域の活動だってたぶんそうで、「趣味の延長線上」ではじめた地域活動も多いんだろうなと思います。だからこそ収益性なんか度外視で、とにかく自分の活動がやれていた。

でも、地域の活動も、赤の他人が介在する可能性が出てきた時点で、もう「趣味の延長線上」とは言えなくなってきているんじゃないかな。だから「これそのものは出費ばかりで継続性がなくってもいいや」じゃなくて、ちゃんと収益性を考慮に入れ、持続可能な活動をしていくよう努力しなければいけない。もちろん、努力したからといって収益化するわけではないけれども。


上手くまとめられてないですが、とりあえずそんなことを考えていました。