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高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

インターネットはご近所づきあいを喪失させたのか

ひるがえって個人的に考えてみると「ご近所づきあい」も情報過多によって崩壊しつつあるのではないか、という見方もできる。
ネットがない時代は新しい情報を得ようがないから、隣の人と遊んだり、世間話をしていたような気がする。「最善の防犯策はご近所づきあい」という主張は賛成だ。

インターネットのせいで晩婚化、というお話 | IDEA*IDEA

インターネットの普及によって、ご近所づきあいが疎になったのではないか と言う話。あちこちから良く聞く話です。
いまのところその話題がまじめに議論されている場を見たことがないので(大体聞く時は冗談交じりで話題に上る程度しか聞いてないので)何とも言えないのですが、本当にそうなのかな?と、わたしは思ってます。
わたしの小さかったころは、まだインターネットなんて大して有名になってなかったし、やっとWindows3.1が普及し始めたかなと言うころ、インターネットなんか当然普及していませんでした。でも、その頃を思い返しても、わたしがドラマなどで見る「昔」とは、確実に違う空気が漂っていた と思います。
確かにインターネットの存在もあるかもしれないけど、それだけじゃないし、もっと大きな問題が陰にあるはず。それが何であるのか、わたしはまじめに考えておきたいな と思っています。


――わたしは、インターネットで、わんくま同盟の方々を初め、多くの人々と出会うことができました。もちろんインターネットの世界だけではなく、現実の世界でも多くの人と会い、話しました。たぶんインターネットがなかったら、こういう方達と出会うことはきっとなかったでしょう。
インターネットは、それだけでは疎なつながりしか生まないかもしれませんが、現実と絡み合うことで強いつながりを生むことだってある。そうやって強いつながりができたという人もきっと多いと思う。
インターネットはもう開かれた世界だから、それがなければなんて考えても仕方がない。インターネットの世界と、この世界が両方あるいまの世界で、どうやって近所のつながりを強くしていくかを考えないといけないと思うのです。
わたしもたしかに、伝え聞くだけですがご近所づきあいってのは好きです。時代劇とか、ドラマとかで見る「昔」にはそれがあって、とても憧れます。だからこそ、今のこの世界で、そのようなつながりを生み出すことはできないんだろうか と考えたいと思います。
磯子クリエイティブチームも、インターネットでの活動、製作活動などもしつつ、近所のつながりを強くできるような、そんなチームになればいいなあ なんて思います。まだまだずーっと先の長い話ではありますけど。