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高見知英のかいはつにっし(β)

高見知英のアプリケーション開発日誌 のほか、地域活動などの活動報告ブログ。

「社会人」って呼ぶな!

雑記

この間のバトンについて、id:studiokingyoさんが書いていたことについて一言。


お金は一番ではなくても、それなりに大事なものです。大事なものを受け取るにはそれ相応の態度をとったほうがよいのではないかな と思います。

バトンのことについても、フリーで公開しているとはいえ自らの制作物でお金をいただこうというのに、少々お金についてアバウトすぎやしないかと思って、ついついまたいってしまった言葉なのですが…。
こんなこと言って自分でちょっとはっとしました。社会人の責任だとかあーだこーだ(問題発言…)言われてることって、つまりはこういうことだったのかなと。お金をもらう立場なら、それなりの立ち振る舞いをしろということなんですよね。
スターウォーズ*1の誰かさんじゃないですが、何かを起こすにはそれなりの責任が必要だと思います。そのことを為すことにより生じる結果、デメリット、為さなかったことによるデメリットや障害、最低限予想のつく限りすべてを受け止める気持ち。
わたしは「覚悟」と言っていますが、それが必要だということです。お金をもらう覚悟がなければ、お金を受け取っちゃいけない。たとえその前に「フリーソフトの寄付」という前提があったとしても、覚悟の質に変わりはないはずです。


話はちょっと飛んで、わたしはいままで「社会人」という、まるである種の人間を特別扱いする言い方が嫌で、いつもこの言葉を使いたがらずにここまで来ましたが、ようやく少し理解できた気がします。
つまりは「お金をもらう立場になったんだ、それなりの覚悟をしろ」と。そしてそれが学生の時になんとかして得られる額だとかとは桁違いだから、その分大きな覚悟もしなきゃいけない と。そういうことなのかな と思いました。
――でも、だったらやっぱりこの言葉は嫌いなままでいることにします。責任の度合いでいちいち区別をつけようだとかいう考えは嫌いですからね。

*1:バック・トゥー・ザ・フューチャーか、スパイダーマンだったかもしれない…